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フィルハルモニ記

ドイツ文化・思想の人がオペラ・コンサートなどの感想を中心に書いているブログ

『新訳 ハムレット』 シェイクスピア 河合祥一郎訳 角川文庫を買って

書籍

 今日は大学からの帰り、途中まで徒歩で行こうと思って歩き出し、駅に近付いてきたらやっぱり次の駅まで歩いてみようと思って1時間は歩いた。

 博士後期課程で登録上必要ような履修は今年度が最後。月曜日には今まで興味がありながら取らずにいた演劇学の授業に参加することにした。シェイクスピアの『ハムレット』とそれを基に作られたハイナー・ミュラー(Heiner Müller)の『ハムレットマシーン』を扱うということで、昨日なんとなく手元にある岩波文庫版の『ハムレット』(野島秀勝訳)をパラパラめくってざっと読んだ。『ハムレット』は当然読んでいた(まだ上演は観たことがない)が、『ハムレットマシーン』はまだ読んだことも観たこともない。ベルリン滞在時の2010年1月にドイチェス・テアターで上演に接する機会があった。しかし実際には上演日にそこにいたものの同じ時間に上演していたタールハイマー演出の『ファウスト』を観たのだった。(当日の経緯については『ファウスト』第1部 ベルリン・ドイチェス・テアター 2010年1月31日を参照ください。)

 それはさておき、久しぶりに『ハムレット』を読みいろいろ記憶がよみがえって懐かしかったが、独英の対訳に加えゼミで参照する訳は角川文庫版(河合祥一郎訳)を指定された。なんでだろうとふと思ったものの特に尋ねることもなく帰り道で買おうと、駅までの予定が後に駅までになってしまうことになる道を進み始めた。本屋ですんなり発見し購入した。

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 岩波文庫版と比べると半分くらいの厚さだ。めくってみてこの翻訳が指定された理由が分かった。訳者の河合祥一郎氏は「東京大学及びケンブリッジ大学より博士号を取得。(...) イギリス演劇、表象文化論専攻」ということでイギリスで研究もしていたし、専攻が演劇学だからだ。文学を専門としている翻訳家はたくさんいる。だが彼は演劇、すなわち実際の上演に関わる研究をしていることもあって、書中にもあるように「上演を目的として、音の響きやリズムに徹底的にこだわった」(p. 221)という。そしてなにより興味深かったのは第3幕第1場のあの有名な台詞「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ(To be, or not to be, that is the question.)」はこれまでのいかなる翻訳においても使われたことがなく、本翻訳において初めて採用されているという(訳者あとがき)。このセリフをめぐる訳の歴史がたどられているので列挙してみよう。最初のカタカナも面白いが坪内逍遥の訳も面白い(笑)ちなみにドイツ語は „Sein oder Nichtsein, das ist die Frage“

(1) アリマス、アリマセン、アレワナンデスカ

1874年、チャールズ・ワーグマン?

(2) 死ぬるが増か生くるが増か 思案をするはここぞかし

1882年、外山正一

(3) ながらふべきか但し又 ながらふべきに非るか 爰(ここ)が思案のしどころぞ

1882年、矢田部良吉

(4) 第一、生きて居るか、死なうといふ事を考へる

1903年、土肥春曙・山岸荷集

(5) 定め難きは生死の分別

1905年、戸澤正保

(6) 生か死か、其の一を撰ばんには

1907年、山岸荷集

(7) 存ふか、存へぬか、それが疑問じゃ

1907年、坪内逍遥

(8) 生くるがましか死ぬるがましか、嗚呼どうしたものか

1909年、外山正一

(9) 存ふる、存へぬ、其処が問題だ

1914年、村上静人

(10) 生か死か……それが問題だ

1915年、久米正雄

たくさんあるので飛ばして再び坪内逍遥。

(17) 世に在る、世に在らぬ、それが疑問じゃ

1933年9月、坪内逍遥(『新修シェークスピヤ全集第二十七巻』中央公論社)

(どうしても「疑問じゃ」としたかったみたいですね(笑))

後は割と一般的に読まれていると思われる翻訳から。

(27) 生か、死か、それが疑問だ

1955年、福田恒存(1960年新潮社再版)

(32) 生き続ける、生き続けない、それがむずかしいところだ

1971年、木下順二(講談社文庫)

(33) このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ

1972年、小田島雄志(白水社)

(37) 生きてとどまるか、消えてなくなるか、それが問題だ

1996年、松岡和子(ちくま文庫)

(39) 生きるか、死ぬか、それが問題だ

2002年、野島秀勝(岩波文庫)

(40) 生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ

2003年、河合祥一郎(『新訳 ハムレット』角川文庫)

 翻訳家達が苦心した様子が想像できる。それとこれだけの翻訳がなされているところがさすが『ハムレット』。複数の翻訳が出ている本を買う場合はなるべく良さそうなものを少し読み比べるようにしている。おそらくその結果、何年か前の私は岩波文庫版を選んだのだろう。その他の多くは新潮文庫版を選んでいるというのに(安いから)。大学に入りたての頃、ゲーテの『ファウスト』のいくつかの翻訳を読み比べたことがあった。というのはその岩波文庫版の相良訳はいかにも古くて読む気が起らなかったから何か他に良い翻訳はないものかと探していたのだった。そのときは講談社文芸文庫版の柴田訳で自力では大して読めなかったドイツ語原文と突き合わせて読んだ。ちなみにこの『ファウスト』を初めて日本語に翻訳したのは森鴎外だった。その翻訳(森鴎外全集 <11> ファウスト ちくま文庫)は今でも名訳とされている。

 今読んでいる『ヘンリー6世』はちくま文庫の松岡和子訳。というのは、それほど有名でない作品は文庫版では他に選択肢がないから。

ヘンリー六世 全3部

ウィリアム・シェイクスピア著

松岡和子訳

ちくま文庫

2009年


 幸いこの翻訳はしっかりしていると思う。彼女は現在シェイクスピア全集をこのちくま文庫から順次刊行していて大半はもう刊行されている。シェイクスピアを制覇したくて、表紙が全部同じ出版社で揃っているほうが良いという方はちくま文庫版で順に読んでみては。但し、例えば新潮文庫などに比べるとやや高い。それにしても、一度読み比べをしてみると面白いと思う。坪内逍遥は数年前に紀伊国屋書店で見つけ少し立ち読みした記憶がある。探せばあると思う。しかもかなりの廉価版。(発見!↓)

ウィリアム シェイクスピア

河合祥一郎訳

角川書店
発売日:2003-05

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