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フィルハルモニ記

ドイツ文化・思想の人がオペラ・コンサートなどの感想を中心に書いているブログ

Beethoven Briefe(1)

書籍(音楽関連)

Ludwig van Beethoven Briefe, 1999, Diogenes. 『ベートーヴェンの手紙』
 

 
(日本の新書サイズ)

 
 ずーっと前からこの本について書こうと思っていましたが「ゲーテの音楽思想シリーズ」(?)の方をずっとやっていてなかなか書けず今やっと少しでも書いてみようと試みています。

 この本はもともと1973年に出版されて1999年に新装改版が出ました。構成は、編集者による導入の言葉(改版に伴い縮小)、ベートーヴェンの手紙、注釈、年表、文献表(改版に伴い補足)、となっています。簡単な構成で軽く手に取りやすいです。ちなみに手紙は「全集」ではなく「選集」です。この本の良いところを挙げます。

1. 手紙が年代順に並べられている。たまにこういった類の本でテーマごとや宛先ごとに分類しているものもあるが単純に時系列に並べてくれる方が私としては良い。(ただこの場合は逆引き的な使い方はできない。例えば、「ベートーヴェンがモーツァルトについてあんなこと言ってた気がするけどどの手紙だったっけな」という場合に不便)。

2. 印刷が良い。まぁ良くなきゃ困りますが、特に文字の大きさがちょうどいい(少し行間ゆったりかな)ので読みやすい。

3. ドイツ語(原文)であるということ。当たり前ながら最大の長所。

4. そしてさらに、現代の正書法に書き改められていない。ベートーヴェンの綴りがそのまま読める。そのうち紹介していくつもりですが例えば、"Beethowen"とか"l. v. beethowen"といったベートーヴェンの遊び心とか、"viel[l]eicht"など他にもたくさん。ßやjを現在では基本的には使わないところでも多用する彼の綴りを味わえる(laßen(=lassen),unß(=uns), sejn(=sein),Göthe(!)(=Goethe)*1)。

*1 ドイツ語ではウムラウト文字(ä,ö,ü)がありこれらが使えない場合元の文字にeを付けてウムラウトをあらわします(ae,oe,ue)。ゲーテは本来Götheという綴りであってもおかしくはないのですが本人はGoetheという綴りを使いました。なのでこれがゲーテ宛の手紙に出ているのを読んだ時には少し驚きました。

 

 まずはどれを紹介するか悩みましたが、いきなり「Unsterbliche Geliebte(不滅の恋人)」への手紙を見てみましょう。というのは、これをドイツ語で読んでみたかったというのが私がこの本を買った大きな理由のひとつだったからです。そしてゲーテへの手紙も収録されている(2通)のが決め手となり買いました。ベートーヴェンのスコアを読む人はいても、彼の文章を読んだことがある人はなかなかいないでしょうし、この有名な「不滅の恋人」宛ての手紙もきっと日本語で読んだ人が大半だと思うので、ちょっと長いですがドイツ語も一緒に見てみましょう。

 簡単にこの手紙について。ベートーヴェンの死後(1827年3月26日)、彼の友人であり遺言執行人であったシュテファン・フォン・ブロイニングは故人の遺言書に記載されていた7枚の株券のありかを探していました。翌日それをやっと見つけることが出来たのは秘密の引き出しの中でした。ところがそこには株券の他にも手のひらに収まるほどの象牙板に描かれた女性の肖像画のミニチュアが2点と4つ折りにされたベートーヴェン自筆の書き物が入っていました。それは「私の天使、私のすべて、私の私よ!」という呼びかけで始まる恋文だったのです。書かれた年も名宛人も不明で受け取った人物ではなく書いた本人の部屋の引き出しから、それも秘密の引き出しから見つかるという謎の手紙でした。それ以来この手紙について、「不滅の恋人」について様々な研究が行われてきました(青木, 2001, pp. 10-11参照)。

 ここではその論争の内容には立ち入らず、純粋に文章だけ。興味ある方は関連文献をどうぞ。ではまずドイツ語から(本書, pp. 51-52)。


An die "Unsterbliche Geliebte"

Am 6. juli Morgens

Mein Engel, mein alles, mein Ich! - nur einige Worte heute, und zwar mit Blejstift (mit deinem); - erst bis morgen ist meine Wohnung sicher bestimmt, welcher Nichtswürdige Zeitverderb in d. g.(*53) - warum dieser tiefe Gram, wo die Nothwendigkeit spricht - Kann unsre Liebe anders bestehn als durch Aufopferungen, durch nicht alles verlangen, kannst Du es ändern, daß Du nicht gantz mein, ich nicht gantz dein bin? - Ach Gott blick in die schöne Natur und beruhige Dein Gemüth über das müßende - die Liebe fordert alles und gantz mit recht, so ist es mir mit Dir, Dir mit mir - nur vergißt du so laicht, daß ich für mich und für Dich leben muß - wären wir gantz vereinigt, Du würdest dieses schmerzliche eben so wenig als ich empfinden - meine Reise war schrecklich - ich kam erst Morgens 4 Uhr gestern hier an, da es an Pferden mangelte, wählte die Post eine andere Reiseroute, aber welch schreklicher Weg, auf der vorlezten Station warnte man mich bej nacht zu fahren, machte mich einen Wald fürchten, aber das reizte mich nur - und ich hatte Unrecht, der wagen mußte bej dem schreklichen Wege brechen, grundloß, bloßer Landweg, ohne solche Postillione, wie ich hatte, wäre ich liegen geblieben Unterwegs - Esterhazi(*54) hatte auf dem andern gewöhnlichen Wege hirhin dasselbe schicksaal mit 8 Pferden, was ich mit vier - jedoch hatte ich zum theil wieder Vergnügen, wie immer, wenn ich was glücklich überstehe. - nun geschwind zum innern vom äußern; wir werden unß wohl bald sehn, auch heute kann ich dir meine Bemerkungen nicht mittheilen, welche ich während dieser einigen Täge über mein Leben machte - wären unsre Herzen immer dicht an einander, ich machte wohl keine d. g. die Brust ist voll, Dir viel zu sagen - ach - es gibt Momente, wo ich finde, daß die sprache noch gar nichts ist - erheitere Dich - bleibe mein treuer, eintziger schatz, mein alles, wie ich Dir; das übrige müßen die Götter schicken, was für unß sejn muß und sejn soll. -
Dein treuer
ludwig

 ―――――――――――――――
*53 d. g. = dergleichen.
*54 Fürst Nikolaus Esterhazy von Galantha.

 
 

「不滅の恋人」へ
 

7月6日朝

 私の天使、私のすべて、私の私よ!――今日はほんの少しだけ、しかも鉛筆で(君ので)――明日にならないと私の部屋は確実に決まらない、同じ場所で(*53)なんというくだらない時間の無駄遣いであろうか――仕方のないことではあるが、この深い悲しみはなぜだろう――私たちの愛は犠牲を通じてしか、すべてを要求しないことでしか存在できないのだろうか、君は変えられるかい、君が完全に私のものでなく、私が完全に君のものでないことを?――ああ神よ、美しい自然に目を向けそして君の心をしなければならないことを超えて静めるんだ――愛はすべてを要求する、それもまったく当然のこととして、だから私には君が、君には私がついている。ただ君は私が自分のためにそして君のために生きなければならないことを忘れてしまっている――もし私たちが完全にひとつに結びついているならば、君はこの痛みを私と同じほど感じずに済むのだろうに――私の旅はひどかった――昨日の朝4時にやっとここに着いた、馬が足りなかったから馬車が違うルートを選んだんだ、ところがなんとひどい道だったか、終点から2つ前の宿場で夜に走るのはやめた方が良いと警告され、森に入るのを恐れさせられたが、それはただ私をいらいらさせただけだった――だが私が間違っていた、馬車はそのひどい道で壊れてしまったに違いなかった、底なしで、むきだしの田舎道、私がやとっていたような御者がいなかったら私は途中で立ち往生していただろう――エステルハージ(*54)は別の慣れた道でここまで来るのに馬8頭で同じ運命に遭った、私が4頭で遭った運命に――でも私は何かを運よく乗り越えるときにいつもそうであるように、部分的には同時に満足感も覚えた。――さてさっさと外面的なことから内面的なことへ。私たちはきっとすぐに会うだろう。ここ数日で自分の人生について考えたことを今日もまた君に伝えることができない――私たちの心がぴったりと触れ合ってさえいれば、そういったことはどうでもいいだろう。君に言いたいことがたくさんあって胸がいっぱいだ――ああ――言葉などは無用であるように思う瞬間がある――元気を出して――私の誠実な、唯一の大切な人、私のすべてでいておくれ、私が君にとってそうであるように。残りのことは神々が教えてくれるはずだ、私たちのためにあらねばならぬことそしてあるべきことは。――

 

君の誠実な

ルートヴィヒ

――――――――――――――
原注
*53 d. g. = dergleichen.(=同じ(場所で))
*54 ニコラウス・エステルハージ侯爵(1765-1833)


 

 一から訳してると時間がかかりすぎて良くないですね。これだから更新頻度が。。。ただしっかり読むのは自分にとってはなんでも良いことですね、ためになります。それにしてもほぼ200年前*2のベートーヴェンの文章を読めるとは幸せです。話はそれますが、思い起こせば私がドイツ語を学び始めた(大学で専攻した)のはベートーヴェンがドイツ人だったからといっても過言ではありません。彼がドイツ語を話していたから、ドイツ語でものを考えていたから、そうやってドイツ語で考えて作曲していたから。だから彼と同じ言語の中に、同じ思考様式の中に入りたいと思ったのでした。ヘンデル、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ワーグナー、ブルックナー、ブラームス、マーラーといったこれらの歴史上の最重要作曲家たちはドイツ語圏の人間でした。その中で一番好きなモーツァルトと最も尊敬するベートーヴェンが入っていることが決定的でした。

 

*2 1812年7月6日、年代は手紙に載っていないが1909-10頃に研究により1812年であることが判明(青木, 2001, pp. 24-31)

 

 この本は1973年初版で改版でも内容は基本的には同じなので青木やよひによる「不滅の恋人」=アントーニア説はここにはまだ反映されていません。原注*52にはこの手紙の行方と不滅の恋人について少し述べられています(ちなみにこの原注が付いている個所は題名の An die "Unsterbliche Geliebte"*52 (p. 51))。ただし1973年時点での注でもう古く現在では不要と考えここでは省きました。ベートーヴェンの不滅の恋人に興味がある方は下記の青木やよひの本を読むことをお勧めします。

 

 

*関連文献*

ロマン・ロラン『ベートーヴェンの生涯』(1965年(仏語1903年)、岩波文庫)

 ロマン・ロランのこの本を知っている人は多いと思います。ただ「不滅の恋人」についてではなく題の通り主に生涯、人間性について書いています。「不滅の恋人」に関して、生涯に関して、いずれにせよこれから読むなら間違いなく以下のものです。

 

青木やよひ『ベートーヴェン <不滅の恋人>の謎を解く』(2001年、講談社現代新書)*3

ベートーヴェン“不滅の恋人”の謎を解く (講談社現代新書)

ベートーヴェン“不滅の恋人”の謎を解く (講談社現代新書)

 

 

青木やよひ『ベートーヴェンの生涯』(2009年、平凡社新書)

ベートーヴェンの生涯 (平凡社新書)

ベートーヴェンの生涯 (平凡社新書)

 

 

 彼女の成果はドイツでも認められ、ドイツ語訳が出ています(dt. Die Entschlüsselung des Rätsels um die "Unsterbliche Geliebte", Yayoi Aoki und Annette Boronnia, 2008)。それがどれの翻訳かはドイツ語訳は読んでいないのでわかりませんがおそらく(題名からしても)上記の講談社現代新書版(青木、2001年)だと思います。少なくとも底本。

 

*3 2007年に『ベートーヴェン <不滅の恋人>の探究 決定版』(2007年、平凡社)が刊行されています。私はこれはまだ読んでいないのでそのうち読みたいと思います。

ベートーヴェン〈不滅の恋人〉の探究―決定版 (平凡社ライブラリー あ 21-1)

ベートーヴェン〈不滅の恋人〉の探究―決定版 (平凡社ライブラリー あ 21-1)

 

 

*映画*

不滅の恋 ベートーヴェン』(1994)

 きれいだと思いましたが、「恋人」が研究に基づいて導き出される人物とは全く違うのでこれが史実と思わないで観ることが必要です。それが無理なら低評価。ベートーヴェンを題材とした小説と思えば高評価。と曲の使い方そして曲そのものがとても美しいので興味ある方にとっては観る価値ありでしょう。『敬愛なるベートーヴェン』(2006)なんかよりは面白いと思いますがどうでしょう。ちなみに後者も史実に完全には基づいていません。

不滅の恋/ベートーヴェン [Blu-ray]

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