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フィルハルモニ記

ドイツ文化・思想の人がオペラ・コンサートなどの感想を中心に書いているブログ

ヘンデル『サウル』 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス/アーノルト・シェーンベルク合唱団/アーノンクール指揮 ウィーン楽友協会 2015年3月15日

f:id:jutta_a_m:20150821114025j:plainGeorg Friedrich Händel
SAUL
HWV 53 (1739), Oratorium in drei Akten

ヘンデル オラトリオ『サウル』
ウィーン楽友協会、2015年3月15日

ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
アーノルト・シェーンベルク合唱団
ニコラウス・アーノンクール指揮






Saul Florian Boesch, Bariton
Jonathan Andrew Staples, Tenor
David David Hansen, Altus
Merab Roberta Invernizzi, Sopran
Michal Martina Janková, Sopran
Abner/ Amalektiker/ Hohenpriester Benjamin Hulett, Tenor
Doeg/ Samuel Thomas Bastian Kohl, Bass
Hexe von Endor Marjana Lipovšek, Alt
(Vn1) 6, 6, 3, 2, 2

座席 (1階)Links 9. Parterre-Roge Reihe 3 Platz 1
休憩は57番の後に1回

音楽を聴く喜び、ここに極まる
 ヘンデルのオラトリオ『サウル』。これをウィーン楽友協会で、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス/アーノルト・シェーンベルク合唱団/アーノンクールで聴く。この作品を聴くに、場所・演奏団体・指揮者のこの組み合わせは現在望みうる最高の組み合わせのひとつと言っていいだろう。

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開演前
 

 満席。例のごとくアーノンクールが登場すると演奏終了後かのような盛大な拍手。アーノンクールは補助器具を使って歩いていた。前回の『天地創造』の時は使っていなかったと思うが。ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス/アーノンクールの演奏会はウィーンに来てからこれで3回目になる。モーツァルトのハフナー・セレナーデ&36番「リンツ」(→「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス アーノンクール モーツァルト 2014年10月12日 ウィーン楽友協会)、ハイドンのオラトリオ『天地創造』(→「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス アーノンクール指揮 ハイドン『天地創造』 2014年12月7日 ウィーン楽友協会)、そして今回はヘンデルのオラトリオ『サウル』。アーノンクールの指揮は他にウィーン・フィルでも聴いた。曲はシューベルトの劇音楽『ロザムンデ』と交響曲「未完成」(→「ウィーン・フィル アーノンクール指揮 2014年11月9日 ウィーン楽友協会」)。ホールは毎回ウィーン楽友協会である。ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス/アーノンクールの演奏会で特にうれしいのは、『天地創造』や『サウル』といった日本ではなかなか聴けない(聴けても演奏団体がとうてい一流でない)作品を、これ以上は望めないというほどの質の高さで鑑賞できること。あるいはヨーロッパにいて嬉しいのは、ベルリン・フィルやウィーン・フィルの演奏会に行くとか、ワーグナーをたくさん観るといったことももちろん良いのだが、ヘンデルあたりをこうしてじっくり聴けることで、それが一番の喜びだ。今日の演奏会は前々回、前回よりもはるかに満足度が高かった。やはりヘンデルの『サウル』が素晴らしいという一言に尽きる。ハイドンの『天地創造』などよりはるかに素晴らしい。充実度が高く、どこもかしこも美しい。 

ヘンデルのオラトリオ『サウル』
 ヘンデルのオラトリオ『サウル』については「HANDEL 1739」(オペラ御殿)が詳しく解説しているので参照されたい。このサイトではこの作品が英語オラトリオであることを踏まえ、登場人物を英語読みカタカナで表記している(例:サウル→ソール、ミカル→マイカル、ヨナタン→ジョナサン)。本記事では、ヘンデル・フェスティバル・ジャパンによる表記に合わせた(→「第11回ヘンデル・フェスティバル・ジャパン、メイン企画、オラトリオ《サウル》」)。 

 後世の有名な音楽家による受容についてごく簡単に触れると、ベートーヴェンは最後の年も病床にありながら「『ヘンデル全集』全四十巻の楽譜を手に取ることもあった。特にオラトリオ『サウル』のスコアを熱心に見ながら、ヘンデルとは違った方法でオラトリオを作曲しようという考えも持ち続けていた」*1という。*2

 ブラームスは『サウル』を繰り返し取り上げた。*3 ウィーン楽友協会で初めて『サウル』を取り上げたのはブラームスとのこと。*4 

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*1 平野昭『ベートーヴェン』(音楽之友社)、2012年、204頁。著者によれば、オラトリオを作曲するという楽友協会との約束を果たしていなかったことが心残りだったのではないかとのことである。
*2 Zywietz, Michael (Hg.): Händels Otratorien, Oden und Serenaten [Das Händel-Handbuch, hrsg. v. Hans Joachim Marx, Bd. 3], Laaber: Laaber-Verlag, 2010, S. 266には、ベートーヴェンの「献堂式」序曲と『サウル』の葬送行進曲を扱った論文が挙げられている(Göllner, T.: „Beethovens Ouvertüre »Die Weihe des Hauses« und Händels Trauermarsch aus »Saul«“, in: Ars musica – musica scientia (Beiträge zur rheinischen Musikgeschichte, Bd. 126), hrsg. v. Detlef Altenberg, S. 181-189)。
*3  Zywietz (Hg.): Händels Otratorien, Oden und Serenaten, S. 266参照。ブラームスは、ワーグナーの『神々の黄昏』と『サウル』の葬送行進曲を比較して、後者に軍配を上げたという(「それ[『サウル』の葬送行進曲]が『神々の黄昏』の[葬送]行進曲よりもどれほど高いところにあることか。ワーグナーの行進曲には絶対に場面が必要だが、もうひとつのほうはそれなしでも価値がある」»Wie hoch steht er [Trauermarsch aus Händels „Saul“] über dem Marsch aus der „Götterdämmerung“! Zum Wagnerschen Marsch gehört unbedingt die Szene, der andere hat seinen Wert auch ohne diese!«. Heuberger, Richard: Erinnerungen an Johannes Brahms, Tutzing: Schneider, 1976, S. 23)。
*4 1873年2月28日ウィーン楽友協会ホール、ブラームス指揮。演奏会プログラムより(Werkbesprechung von Otto Biba)。

 演奏会プログラムには左に英語原文、右にドイツ語訳が並んでいて、ドイツ語訳にはアーノンクールによる短い場面解説文がついている。ここではその場面解説文を『サウル』の筋の簡単な紹介として引用したい。先に主要登場人物だけ列挙する。

サウル、イスラエルの王
ヨナタン、サウルの息子
ダヴィデ、ベツレヘム出身の平民の若者
メラブ、サウルの娘
ミカル、サウルの娘

【第1部】
第1場(1~5) 勝者の賛歌―エピニキオン―ゴリアテとペリシテ人に対するイスラエル人の勝利。
第2場(6~21) ダヴィデがゴリアテとペリシテ人を打ち破る。
 9番の後 メラブの貴族としての自尊心が平民ダヴィデの表彰によって傷つけられる。
 19番の後 喜びに顔を輝かせた民衆によるダヴィデの歓迎とサウルの乏しい英雄的行為との対比が妬みと消しがたい憎しみを呼び起こす。
第3場(22~26)
第4場(27~30) サウルはいまや精神病質者。皆がそれを知っている。
第5場(31~37) 31番の後 ダヴィデは癒しのハープを使ってみるが、効果なく。
第6場(38~41) ヨナタンと民衆はダヴィデを支持する。 

【第2部】
第1場(42) 輝きに満ちる英雄ダヴィデへの妬みと憎しみがサウルの気性を支配しかき乱す。
第2場(43~47)
第3場(48~51)49番の後 サウルは憎しみから嘘をつく。ヨナタンとダヴィデは信じる。
第4場(52~54)
第5場(55~58) ダヴィデとミカルは幸せにひたる。
(56番の後に休憩)
 57番の後 ダヴィデは再び戦争に送られ、再び輝かしい勝利を収める。帰還する際憎しみに満ち妬みを持ったサウルは彼に槍を投げつける。
第6場(59~60)
第7場(61~62) ダヴィデはミカルの懇願で逃げる―サウルの使いは彼を宮廷に呼び出すように言われている―ミカルは使いの要求をはねつける。
第8場(63~64) 貴族の高慢そのもののメラブが思いやりある義姉妹となりダヴィデの無事を祈る。
第9場(65~66) 新月の祭。―ヨナタンはダヴィデに謝る、なぜなら彼は悪事を恐れているから。サウルはそのためにヨナタンを殺そうとしてしまう。
第10場(67~68)  

【第3部】
第1場(69~70) 落ちぶれたサウル、ペリシテ人が彼を打ち破る、逃げたダヴィデなしでは軍勢は力を持たない。サウルは魔女のもとへ行く、絶望して助けを冥府で求める。あるいは地獄で...。
第2場(71~72)
第3場(73~74)73番の後 戦争は続く―ダヴィデは家にいるまま。サウルとヨナタン倒れる。
[ここに葬送行進曲(74番 Symphony)]
第4場(75~77)
第5場(78~86) エレギー、サウルとヨナタンの死を偲ぶ哀歌。
(演奏会プログラムより、場面解説:ニコラウス・アーノンクール) 

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休憩中。ワーグナーを観た後などは、よっしゃぁ観たぜ、とかなるのだが、ヘンデルの場合は心の底から喜びがじわじわ湧いてくるような感じがする。

演奏
 もっとしゃきしゃき演奏してくるかと思っていたが、思いのほか柔らかく始まった。合唱も柔らかい充実した響きが素晴らしく、冒頭のSymphonyに続いて„How excellent“と入ってくる瞬間など身も溶けるほどの美しさ(1番[2番]„How excellent Thy name, O Lord“)。ホールが美しい響きで満たされていく。この響きの方こそまさにHow excellent!だよ、などと思いながら聴いていたのは私だけか。

 歌手も主要人物は皆良し。ミカル役のソプラノ、ヤンコーヴァも、サウル役のフローリアン・ベシュも良かった。インヴェルニッツィはメラブの性格付け、特に高慢さを意識しすぎて少し表現がくどくなっていた。今日は何と言ってもダヴィデ役のカウンターテナー、デイヴィッド・ハンセンが素晴らしかった。彼が歌い始めたときは驚いた。上手い。大祭司の個所はかなりカットされていた。それはいいとしても、ダヴィデのアリアがひとつカットされていたのは残念だった(46番 „Such haughty beauties rather move“)。曲も美しいし、カウンターテナーも上手かっただけに。これはアーノンクールの85年の録音でもカットされているようだ(→「HANDEL 1739」(オペラ御殿))。

 途中、舞台演出があった。第3部第1場から第3場まで(サウルと魔女とサムエルの霊の場面)会場の照明が消える。オルガンの椅子の手前あたりから煙が出て舞台を覆う。サウルには緑、魔女には赤、サムエルの霊には青の照明があたる。

 今日の演奏会はどこがというより全体を通して本当に素晴らしかった。全体の大部分を占めるアリアも、要所に置かれている"Symphony"も、合唱も、どれも美しかった。楽友協会ホールの響きも素晴らしかった。ヘンデルあたりの音楽には理想的か。


 ヘンデルのオラトリオ『サウル』、ウィーン楽友協会、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス/アーノルト・シェーンベルク合唱団/アーノンクール。最高の作品・場所・演奏団体・指揮者の組み合わせによる稀な演奏会。まさに至福の3時間だった。

Saul

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