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フィルハルモニ記

ドイツ文化・思想の人がオペラ・コンサートなどの感想を中心に書いているブログ

ワーグナー『ジークフリート』 ウィーン国立歌劇場 ラトル指揮 2015年6月4日

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Wiener Staatsoper

Richard Wagner

Siegfried

Der Ring des Nibelungen

Zweiter Tag des Bühnenfestspiels

Simon Rattle | Dirigent

Sven-Eric Bechtolf | Regie

Rolf Glittenberg | Bühne

Marianne Glittenberg | Kostüme

fettFilm (Momme Hinrichs und Torge Möller) | Video


Stephen Gould | Siegfried

Evelyn Herlitzius | Brünnhilde

Tomasz Konieczny | Der Wanderer

Herwig Pecoraro | Mime

Janina Baechle | Erda

Richard Paul Fink | Alberich

Mikhail Petrenko | Fafner

Annika Gerhards | Stimme des Waldvogels

Premiere 27. April 2008

18. Aufführung in dieser Inszenierung (Livestream)

座席 Balkon Halbmitte rechts Reihe 3 Platz 1

 ウィーン国立歌劇場でラトル指揮による『ニーベルングの指環』(演出:ベヒトルフ)全4日上演が今シーズン2回あるうちの2周目、5日前の序夜『ラインの黄金』、4日前の第1日『ワルキューレ』に続いて第二日『ジークフリート』(先の2つは土日、今日は木曜日だが祝日である)。初演は2008年(指揮:フランツ・ヴェルザー=メスト)に、全4日上演は2009年にメスト指揮で、2011年にはティーレマン指揮で再び全4日上演が行われた(2011年のCD、Amazon→ Wagner: Ring, Thielemann, Wiener Staatsoper、HMV→ 『ニーベルングの指環』全曲 ティーレマン&ウィーン国立歌劇場(2011)(14CD+2DVD))。『ジークフリート』は今日でこの演出での18回目の上演とのこと。

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(中央の白い線は本のとじ部によるもの)
(Szenenbild aus der Premiere 2008, Programmheft S. 18f.)

 座席は『ワルキューレ』のときに1列目に座ったエリアの2列後ろのもう少しサイド寄りの席。最後の『神々の黄昏』はさらにひとつ上の階=最上階の3列目で、終わりに向けてだんだん席が悪くなっていく(笑)。

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(休憩中)

 ちなみに今回の全4日上演のチケットは、ウィーンに来てからこれは絶対行くぞと思っていながらも、3月頃にやっとWarteliste(いわゆるキャンセル待ちリスト)に登録して、その後待ちながら順に手に入れた。2回あるツィクルスの両方とも当然ずっとまえから売り切れだったわけだが、どうせ手に入るだろうと思っていた。登録してから何週間後かに自分で空席を確認していたら『ラインの黄金』のとても安い席がたまたまひとつあったので一応その場で購入。そして登録からひと月後くらいにまず『ジークフリート』、その後『神々の黄昏』のチケットが取れましたと確認のメールが届く。その時ついでに『ワルキューレ』の空席状況を自分で確認したところ良い席が空いていたので(希望金額範囲内なのになんでこれは自動的に確保してくれないのかと思いつつも)自分でその場で購入。同時に『ワルキューレ』のキャンセル待ち登録は解除。これでとりあえずチケットは揃ったが、『ラインの黄金』1週間前に(キャンセル待ち登録の解除をしていなかった)『ラインの黄金』のチケットが取れましたと確認メールが届く。あ、こっち解除忘れてた、と思いつつもまあ良い席で鑑賞できるんだからいいかということで、『ラインの黄金』へはチケットを2枚持って行き、安い方は開演前に下でチケットを求める人に譲った。

 直前にキャンセルはかなり出る。このくらいの目玉公演だと数か月前まではずっと売り切れ状態だが、逆に直前になると、なんだよ結構キャンセルあるじゃん、というくらい空席が出てくる。これくらいの目玉公演でさえも、である。当日も、『ラインの黄金』の日の私のように、余ったチケットを持って立っている人が少なからずいる。ヨーロッパではその場で何とかなることが多い。もしくは立ち見の列に並ぶ手段がある。1階立ち見の最前列狙いの人たちは惜しみなく時間を費やして並びに来るのでそこは諦めるとしても、とりあえず立ち見チケット手に入れるだけならまったく不可能ではない(その辺の、出演者も平凡なレパートリー公演であればまず売り切れにならないので10分前に行ってぱっと買える。目玉公演であれば2時間前に行けば買えないことはないはずだ)。そもそも当日にどうこうではなく、キャンセル待ちリストに登録したり、たまに空席状況を確認したりしていればまず事前に手に入る。オペラ鑑賞のために海外旅行までする熱心なファンならシーズン演目発表のときにすぐさまチェックすると思うが(私はそこまでではないので、今のところは)。ちなみに、今回のウィーン国立歌劇場/ラトル指揮『ニーベルングの指環』、客席を見渡すと地元ウィーンの人たちの次に多いのは日本人だろう。たいていはこれのために来たであろう人たち。熱心である。『ワルキューレ』のときに近くに座っていて話しかけられて少し会話した年配の日本人男性に今日もまた会いあれこれ話した。

 総合すると、ウィーン国立歌劇場/ラトル指揮『ニーベルングの指環』全4部作ほどの公演でも行きたいと思えばチケットが取れないことはまずない、と言っていい。

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(http://www.staatsoperlive.com/de/archive/154/siegfried-2015-06-04/#tab_3, Trailer)

 ジークフリート役は、日本でもその舞台に接している人が多いと思われるステファン・グールド。私は新国立劇場の『フィデリオ』(2006)、『トリスタンとイゾルデ』(2010)(→「新国立劇場 『トリスタンとイゾルデ』 公開ゲネプロ 2010年12月22日」)で観た。

 グールドはこのプロダクションのジークフリートをプレミエから何度も歌ってきているだけに、歌唱そのものだけでなく、剣を鍛えながら、リズムに合わせて打ちながら歌うところなどの細かな動きもさすがに様になっている。最後までしっかりした歌唱を聴かせてくれた。

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(http://www.wiener-staatsoper.at/Content.Node/home/spielplan/Spielplandetail.php?eventid=1263894)

 ヴォータン役のコニエチュニーは今日も良く歌っていた。ミーメとのやり取りが終わって退場する際に槍を忘れて出て行ってしまったが、すぐに戻ってきて、はぁーという感じで手を頭にやる仕草を(アドリブで?)してから槍を手に取って出て行ったところは笑ってしまった。周りも何人かくすくす笑っていた。この『ジークフリート』ではさすらい人として登場するヴォータンは先の『ラインの黄金』、『ワルキューレ』におけるよりも人間味が増しているように(演じているように)見えた。ファーフナーが宝を守り眠る洞窟の前でアルベリヒと話す場面でも、自身がファーフナーに話しかけ、アルベリヒにもファーフナーに話しかけるよう促すときの大きい身振りなどである。『ラインの黄金』のときにも書いたが、かつて芝居を学んでいたというだけあって歌唱以外のところの役者としての動きがしっかりしているように見える。これまでヴォータン役のコニエチュニーをずっと褒めてきているが、気になる点を挙げるとしたら声質か。『ラインの黄金』、『ワルキューレ』のときには触れなかったが、声質がやや悪役っぽいところがあるのが気になる人がいるかもしれない。ちなみに、以前の配役ではアルベリヒを歌っていた。2014年の東京春祭『ラインの黄金』のときもアルベリヒで登場した。

 ブリュンヒルデ役のヘルリツィウスは、声量もあり悪くはないが、『ワルキューレ』のときにも書いた力みがやはりやや気になる。

 森の小鳥役はドイツ出身の若手ソプラノ、アニカ・ゲルハルツ。(少なくとも今日に関しては)全く良いと思わなかった。はっきり言って、ほとんど何を言っているのかわからない。音符に歌わされている。歌い切れているところがほとんどない。ぐちゃぐちゃ。

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(http://www.staatsoperlive.com/de/archive/154/siegfried-2015-06-04/#tab_0)

 演出は全体にシンプル。あちこちに仕掛けを施して、読み解いてみろ、というようなところがない(と思う)。そして無駄のない簡素な舞台と衣装。また、(写真にあるように)背景のスクリーンを、多用はしないが、効果的に使っている。

 先に書いた、ヴォータンが槍を忘れて出て行ったことに関連してひとつ。ジークフリートはファーフナーを退治した後、鳥にブリュンヒルデのことを聞き、岩山に向かおうとするところで、荷物2つを持っていざ出発しようとしたが、剣ノートゥングを忘れていることに気づく。そこで荷物をひとつ置いて剣を持ったが、今度はその荷物を持つことができない。ジークフリートはその荷物を舞台袖へと蹴飛ばし、意気揚々と出発する。この場面を見た時に、第1幕でさすらい人に扮するヴォータンが槍を忘れて戻ってくるのは演出だったのかとも思った。

 オケはだいたい連日書いてきた通り。ラトルが幕間ごとに団員(毎回違ったパートの(おそらく)パートトップ)と何か話しているのが興味深い。今日の圧巻は第3幕の弦の響きの美しさ。ため息が出るほど素晴らしかった。まさに本領発揮である。

 それにしてもすごいと思うのは、『ラインの黄金』と『ワルキューレ』は2日連続で演奏し、1日休みを置いてそこから(メンバーは多少入れ替わっているとしても)一昨日『サロメ』(指揮:ペーター・シュナイダー)、昨日『フィデリオ』(指揮:アダム・フィッシャー)を演奏して今日『ジークフリート』(指揮:ラトル)を演奏しているということそれ自体と、それでこの長大な作品をこれほどの水準で演奏し切っているということである。(前からずっと思っている/言っているが、新国立劇場はとにかく専属オーケストラを置かないと。一時的にレベルが落ちるとしても創設しないと。いわゆる "Staatsoper Tokyo" がこんな状況なのは恥ずかしいくらいのことではないか。それよりなにより、あんなすばらしい劇場がもったいない。それと『指環』と言えば、世界有数の、いや最大の都市とすら言ってよい東京にある新国立劇場が「新制作」と銘打つ今度の『ニーベルングの指環』が「過去の」演出の借り物とは)。

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(http://www.staatsoperlive.com/de/archive/154/siegfried-2015-06-04/#tab_3, Trailer)

 今日も拍手喝采。ブーイングがほんのかすかに聴こえたか。『ワルキューレ』のときに比べたらほぼ無かったようなものと言ってよい。今日はオケが出て行った後もかなり長い間、歌手と指揮者に拍手が送られ何度も何度も呼ばれていた。皆熱心にブラヴォーを叫んでいた。

 充実の4時間だったが、残すところ『神々の黄昏』だけとなり、少し寂しさも入り混じる複雑な気持ち。

ラトル指揮/ウィーン国立歌劇場 2015年5月30日~6月7日

〈『ラインの黄金』|『ワルキューレ』|『ジークフリート』|『神々の黄昏』〉

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 終わった後、シュターツカペレ・ドレスデン/チョン・ミョンフンの演奏会が行われている楽友協会へ行き、会う約束をしていた友人のヴァイオリン奏者を待つ(待っている間チョン・ミョンフンが一番に出てきて、真向いのホテルへ入っていくのを見た)。友人とは久しぶりの再会、軽く飲みに。ティーレマンのブルックナー(楽友協会、2015年5月20、21日)についての話も少ししたが違う意見を聞くことができてなるほどと思った。

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