読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

フィルハルモニ記

ドイツ文化・思想の人がオペラ・コンサートなどの感想を中心に書いているブログ

ワーグナー『神々の黄昏』 ウィーン国立歌劇場 ラトル指揮 2015年6月7日

オペラ

goetterdaemmerung07062015.jpg

Wiener Staatsoper

Richard Wagner

Götterdämmerung

Der Ring des Nibelungen

Dritter Tag des Bühnenfestspiels

Simon Rattle | Dirigent

Sven-Eric Bechtolf | Regie

Rolf Glittenberg | Bühne

Marianne Glittenberg | Kostüme

Thomas Lang | Chorleitung


Stephen Gould | Siegfried

Falk Struckmann | Hagen

Evelyn Herlitzius | Brünnhilde

Boaz Daniel | Gunther

Caroline Wenborne | Gutrune

Richard Paul Fink | Alberich

Anne Sofie von Otter | Waltraute

Monika Bohinec | Erste Norn

Stephanie Houtzeel | Zweite Norn

Ildikó Raimondi | Dritte Norn

Ileana Tonca | Woglinde

Ulrike Helzel | Wellgunde

Juliette Mars | Flosshilde

Premiere 8. Dezember 2008

18. Aufführung in dieser Inszenierung (Livestream)

座席 Balkon Halbmitte links Reihe 3 Platz 12

 ウィーン国立歌劇場でラトル指揮による『ニーベルングの指環』(演出:ベヒトルフ)全4日上演が今シーズン2回あるうちの2周目、ついに最終日の第3日『神々の黄昏』。初演は2008年(指揮:フランツ・ヴェルザー=メスト)に、全4日上演は2009年にメスト指揮で、2011年にはティーレマン指揮で再び全4日上演が行われた(2011年のCD、Amazon→ Wagner: Ring, Thielemann, Wiener Staatsoper、HMV→ 『ニーベルングの指環』全曲 ティーレマン&ウィーン国立歌劇場(2011)(14CD+2DVD))。『神々の黄昏』は今日でこの演出での18回目の上演とのこと。

 今日で、ウィーン国立歌劇場/ラトル指揮によるワーグナー『ニーベルングの指環』(演出:ベヒトルフ)の全4日上演が終わった。それぞれに記事を書いているので興味のある方はそちらも参照されたい。

ウィーン国立歌劇場/ラトル指揮 ワーグナー『ニーベルングの指環』(演出:ベヒトルフ)

・序夜『ラインの黄金』

・第1日『ワルキューレ』

・第2日『ジークフリート』

・第3日『神々の黄昏』

goetterdaemmerung1a1.jpg

(Szenenbild aus der Premiere 2008, Programmheft S. 42)

goetterdaemmerung070620151a3.jpg

ジークフリートが旅立つ前、2人はこの炎の前に並び歌う。
(http://www.staatsoperlive.com/de/archive/155/gotterdammerung-2015-06-07/#tab_3, Trailer)

 何と言っても歌手陣が素晴らしかった。ジークフリート役のステファン・グールドは、全幕出番の多い『ジークフリート』のときとは違って今日は冒頭から全開だった。確かな声量で、劇場に歌声を余すところなく響き渡らせる。安定感もさすが。

 

 ヴァルトラウテ役はアンネ・ゾフィー・フォン・オッター。こちらも抜群の安定感で、さすがの歌唱を聴かせてくれた。

goetterdaemmerung1a2.jpg

(Szenenbild aus der Premiere 2008, Programmheft S. 43)

 グンター役のボアズ・ダニエルも良かったが、やはりハーゲン役のシュトルックマンが素晴らしかった。声の迫力は申し分ない。オケの不気味な音楽の中、邪悪で迫力あるHoiho!の叫び声は劇場を飲み込むかのようであった。圧倒的存在感で舞台を支配する。兵士たちを集めて歌う場面では、"[...] dass gute Ehe sie gebe!"と"[...] dass gute Ehe sie geben!"の"gebe"と"geben"のところで手を広げ、手と声をぶるぶる震わせて歌っていた。いつも陰気なハーゲンが珍しく陽気だぞ、という表現ととれた。その後、ブリュンヒルデがジークフリートへの復讐のための結託を表すかのようにハーゲンと握手したがそれは要らないと思った。

 観客の多くがシュトルックマンを素晴らしいと思ったであろうことはカーテンコールでの拍手の大きさからもよくわかった。本当に素晴らしかった。

goetterdaemmerung2a1.jpggoetterdaemmerung2a2.jpg
(Szenenbilder aus der Premiere 2008, Programmheft S. 68f.)

 第3幕の開始直前にちょっとした事件が起きた。ラトルがピットに入ってきて指揮台の上でこちらを向き、拍手が鳴りやんでオケの方を向いて今にも演奏が始まろうかというその瞬間、最上階から大きなブーが叫ばれた。皆がぎょっとしたがすぐにあちこちから、そんなことはないと言わんばかりの大きなブラヴォーの声と大きな拍手が起こる。それに対しラトルは、今まさに演奏を始めようと楽器を構えていた団員たちを立たせこちらを向き歓声に応える。観客たちは指揮者と団員に対し一層大きな拍手を送る。ラトルの指揮が気に入らない何人かの観客が『ワルキューレ』と『ジークフリート』上演後にもブーを叫んでいたことは書いたが、今日の幕間のブーとブラヴォーのこの応酬はより劇的だった。

 こんな突然ブーが出ても皆すぐに反応する。劇場でこれほどまでに積極的に態度を表明する光景は気持ちが良い。

07062015.jpg

第3幕の開始直前にちょっとした事件が起きた。
(休憩中)

 オケは連日書いてきた通り、全編断固とした歯切れの良さで演奏していく。葬送行進曲では一層気合が入り、オケがここぞとばかりに鳴らした音の響きはものすごい迫力だったが、オケの音としては一体感に欠けた響きになってしまっていたのはやや残念。今日は全体として細かいずれや勇み足がやや多かった。また、先ほどの第3幕開始直前の出来事の後で、冒頭の角笛の動機でホルンが音をいくつか外すものだから、あらあらという感じでどこからかかすかに失笑が聴こえてきた。

 全体としてはそれでも良い演奏だったと言いたい。今日の『神々の黄昏』が4時間半と一番長いが、まったく長いと感じさせなかった。

goetterdaemmerung3a1.jpg

(Szenenbild aus der Premiere 2008, Programmheft S. 86)

 最終日なので、全体を振り返ってラトルの指揮がどうだったかについて触れるとすれば、ブーが出ること自体はわからなくはない。メスト、ティーレマンと続いてこの演出での3度目の全4日ツィクルス上演の指揮を担当するのだから、彼がいわゆるワーグナー指揮者ではないことを差し引いても例えば、普通に通して演奏しました、ではもちろん満足するはずもない。もっと素晴らしい演奏を聴かせてくれること期待したいところだろう。そう考えると、どちらかと言えば拍手喝采、ブラヴォーの嵐の方が首をかしげることになるかもしれない。言うことなしとは当然だがなるはずもなく、大満足ともいかなかった。

 ただ私は、この長大な作品をこの水準で演奏し切るだけでもすごいと思うので大きな不満はない。私は採点するために観に行ったのではない。たしかに、『ラインの黄金』から今日までを振り返れば、目をつむりきれない個所はあった。だが、あれほどの緊張感を緩めることなく全編きわめて劇的な音楽を聴かせたことには躊躇なく拍手を送る。その裏返しとして勇み足もたしかにあり、減点方式で採点するとすればいろいろ不満や気になる点が出てくるだろう。おそらく、よくある演奏で耳にするような、重要な動機や場面でテンポを落としたり云々のやり方であれば、ひとまずの「不満はない」演奏にすることぐらいはいくらでもできただろう。もっと制御しながら淡々と進めれば。それはそれで良いだろう。だが、今回せっかくラトルが指揮するのであればそんなのは聴きたくない。ラトルにティーレマンの指揮は求められないが、ティーレマンにラトルの指揮を求めることもできない。もちろん私などが心配するまでもなく、ラトルは自分がしたいように指揮したと思う。それでよかった。気に入らない人は結構いるかもしれない。だがあれでよかった。ウィーン国立歌劇場/ラトル指揮による『ニーベルングの指環』だった。

 出演者の中では最後にブリュンヒルデ役のヘルリツィウスについて書きたい。『ワルキューレ』と『ジークフリート』では、感動したとまでは書かなかったし、思わなかったが、今日は心から感動した。一言で言って今日の彼女はまさにブリュンヒルデだった。

 ジークフリートと2人で歌う場面のHeil!は鳴りきらなかったし、炎に飛び込む直前の歌唱でも崩壊しないよう手綱を引く手を一瞬緩めたかもしれない。『ワルキューレ』のときに書いたように、高音が苦しそうだ。だが、それを補って余りある劇的な歌唱と演技は圧倒的だった。裏切りと欺瞞に満ちたこの『神々の黄昏』において(こそ)彼女は湧き上がる激情が観る者に突き刺さるような歌唱と演技で聴衆を感動させたと思う。彼女がカーテンコールで出てきて、あの小柄な体で全身全霊でブリュンヒルデを歌い、演じ、いやまさにブリュンヒルデとなり燃え尽きた彼女を見たときは感極まって涙が出そうになった。

goetterdaemmerung3a2_201506090534267ec.jpg

(Szenenbild aus der Premiere 2008, Programmheft S. 87)

Goetterdaemmerung-Szene-2.jpg

(http://www.staatsoperlive.com/de/archive/155/gotterdammerung-2015-06-07/#tab_2)

 『神々の黄昏』も演出が良かった。舞台は今日も簡素で、無駄を省きつつ上手く劇の進行の土台となっている。最後は特に感動的だった。最後の場面でブリュンヒルデが歌い終わり炎に身を投じると、後方が透けて見えるスクリーンが舞台最前部に下りてきて、神々の居城ヴァルハラを焼き尽くす炎がめらめらと燃え上がる。後方にはヴォータンが立っているのが見える。そのさらに後ろには若い男女が歩いて出てくる。ラインの溢れた水がどっと押し寄せ、その水がまた元に戻り、穏やかな水面が映し出されたその後方で若い男女が抱き合っているのがかすかに透けて見えるなか、救済の動機が切なく響き渡り、最後の和音が彼方へと消え去っていったとき、長大な物語の幕が閉じる。

 音が鳴りやんで1階あたりの何人かがわりとすぐに拍手をし始めたものの、大部分の観客はまだじっとしている。じわじわと拍手が大きくなり盛大な拍手と歓声が沸き起こる。『神々の黄昏』だけでなく、長大な『ニーベルングの指環』が幕を閉じた今日、これまでと比べてより一層盛大な拍手と歓声が送られた。舞台上の歌手に拍手が送られる中、ラトルは各パートトップの奏者に声をかけてピットから出て行った。拍手が特に大きかったのは、ハーゲン役のシュトルックマン、ジークフリート役のグールド、そしてブリュンヒルデ役のヘルリツィウスだ。ラトルが出てくると今日も多少のブーはあったがやはりブラヴォーの歓声が圧倒的だった。

 団員が去った後も拍手とブラヴォーが続いたのはもちろん、出演者を何度も何度も呼び戻した後、幕の前にシャッターが下りて出演者がもはや登場することはないであろう頃になっても、まだ残っている観客たちは拍手を送り続けた。従業員たちは客席の片づけを始めている。私も余韻に浸り、しばらく残っていたが、彼/女たちがそこからあとどのぐらい残って拍手を送り続けたかは知らない。

----------

あとがき

 いろいろ書いてきたが、私はこれまで後ろ2つの『ジークフリート』と『神々の黄昏』に縁がなかった。新国立劇場で2つずつやっていた時はベルリンにいて、ベルリンでも残念ながら観ることはできなかった。だからこの2つは観るのが初めて、したがって全4日ツィクルス上演も初めてだった。それをウィーンで観るとは。少し前までは自分がウィーンに来ることになるとは思っていなかったところ、いざ来たらさっそくそのシーズンにこの『ニーベルングの指環』を通して観る絶好の機会があるというこの巡りあわせ。何という幸運か。

 1週間前の『ラインの黄金』に始まり、『ワルキューレ』、『ジークフリート』、そして今日の『神々の黄昏』。4夜、2時間半、4時間、4時間、4時間半、全約15時間かかる大作。鑑賞する側にも相応の心構えを要求する。いつか必ずと思っていて、やっと、単発ではなく、全4日上演として通して観ることができた。しかも、とても出来が良いプロダクションなうえにオケ、指揮者、歌手皆充実した素晴らしい陣容で。上演に観る側として臨むにあたって、全4部のドイツ語テクストを手元に動機を確認しながら録音を聴き、各動機の譜例も繰り返し参照した。観る者を生まれ変わらせるような底知れぬ魅力。この長大な作品の物語から台本、音楽まで、これを一人の人間が作り上げたとは。

 日本の新国立劇場がこの『ニーベルングの指環』を、この水準でなくともそれなりに高い水準で全4日ツィクルス上演できるのはいつか。日本の団体・劇場が『ニーベルングの指環』の(1年おきなどではなく短期間での)ツィクルス公演を行ったことはいまだかつてない。水準どうこうではなく、やったことがない。そう考えるとやはり、新国立劇場は「新制作」と銘打たれてはいるものの実のところ「過去の」演出を持ってくるのではなく、(現実的には)トーキョー・リングを洗練させるなどして、1週間での全4日上演を敢行することを目指すべきだったと思うし、今後さらに別の演出でも何でもいいので目指して欲しい。日本の聴衆が、日本で、日本の劇場で『ニーベルングの指環』全4部作をツィクルス上演で体験する機会。その時はぜひ観たい。

ringprogrammhefte.jpg

後ろの2作品の表紙はもっと良い場面あるでしょ、と思いながら並べてみる。

ラトル指揮/ウィーン国立歌劇場 2015年5月30日~6月7日

〈『ラインの黄金』|『ワルキューレ』|『ジークフリート』|『神々の黄昏』〉

〈追記〉

*『神々の黄昏』、私が観たこの日の上演の映像をThe Opera Platformで観ることができる(全幕)→ラトル指揮/ウィーン国立歌劇場 2015年6月7日 "Wagner - Götterdämmerung"(The Opera Platform、2015年12月7日まで試聴可能)

TOP