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フィルハルモニ記

ドイツ文化・思想の人がオペラ・コンサートなどの感想を中心に書いているブログ

プラハ日帰り 2015年9月30日―久々に外国を感じた日

 9月30日、プラハに日帰りで行ってきた。ウィーン中央駅から電車、railjetで4時間11分。途中、ブレツラフ、ブルノ、パルドゥビチェに停まる。停車駅が多く(レールが悪い?せいか)最高でも時速120キロくらいしか出さずに走るため、4時間もかかる。ウィーン―ザルツブルク間なら最高速の230キロで走る時間帯も割とあるのだが。席はがらがら。固定机のある4人向かいの席に一人で座り、WLANが無料で使えるのでノートパソコンを開きながら移動時間を過ごす。オーストリアはほんと駅でも電車でもそのへんのカフェでもだいたいどこでも無料WLANが使えるので便利。日本...。
 ブレツラフで電車の運行がオーストリア側からチェコ側に引き継がれる。チェコに入るとアナウンスがチェコ語、英語、ドイツ語で流れる。チェコ語はほんと何言ってるかわからない。少し遅れて11時50分頃にプラハに到着。

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プラハ中央駅


 9月に入ってからリンツに行って帰ってきたあたりで、プラハにも行こうと急に思い立ち電車のチケットを取ったはいいものの、ドレスデンに行ったりしていたのもあってまるで準備せずに来てしまった。前日に使い勝手の良さそうな英語の地図をiphoneでダウンロード。これが命綱。小さい道の名前もチェコ語でびっしり書いてあるからとても役に立った。やはり地名は原語で書いていないとその場で照合できないから結局は使えない。今回あらかじめ決めていたことは、カレル橋を渡り、プラハ城に行き見学。最悪これだけでもいいやくらいの気持ち。一応前日にモーツァルト関連の情報を少し調べる。少ししか調べなかったことがあとあとちょっとした問題に。また、通貨がユーロではなくコルナ、ということを直前に知る(汗)。観光地ではユーロも使えるところは使えるし、クレジットカードを使えば問題ないとして一切両替しないですませようと思っていたが、その辺で飲み物・食べ物を買ったりするときに不便そうなので、残っていた日本円のうち3000円くらい持っていって両替することにした。チェコのその辺の両替所でも両替できる円強し。交通機関を使う場合も多分両替しないといけない。地図を見て、これなら全部歩けるでしょと思った私は全行程歩き倒すつもりなので地下鉄、路面電車は無視。足がかなり疲れたがその土地を自分の足で歩くのは気分が良い。

 中央駅に着いて右も左もよく分からないが何となく出口らしい方に向かい、見つけた両替所でさっそく持っていた日本円を両替。450コルナほど。多分とてつもなく率が悪い気がするが、そもそも少額だしいちいち気にしない。最終的に100コルナほど余った。
 街中の案内はチェコ語、英語、ドイツ語が併記されていることが多い。ドイツ語はけっこう耳にした。ドイツ人・オーストリア人観光客で、途中、グループのガイドツアー客もけっこう目にした。

 駅を出て左(南西)の方に歩き出すとさっそく国立博物館が見えてきた。そこから大通りがある。ヴァツラフ広場(Václavské náměstí)。広場というより大通り。ひたすらまっすぐ歩いて行き右に入ったところにOvocý thrに劇場がある。モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』が1787年に初演されたスタヴォフスケー劇場(Stavovské divadlo)だ。

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スタヴォフスケー劇場(Stavovské divadlo)

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スタヴォフスケー劇場(Stavovské divadlo)

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怪しげな像

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モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』が初演されたことを示す記念プレート


 スタヴォフスケー劇場から少し歩くと旧市庁舎広場に着く。たくさんの観光客でとても賑わっている。
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旧市庁舎

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旧市庁舎。赤い建物部分はインフォメーションセンターになっている。


 インフォメーションセンターで一応紙の地図を一枚もらう。そして、せっかくなので旧市庁舎、時計塔の上まで行くことに。

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プラハの街並み

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旧市庁舎広場。向かいはティーン教会。


 裏のミクラーシュ教会を少し覗いてから(ドイツ語で説教をしていた)、すぐ裏(隣)の広場に出るとフランツ・カフカの生家があった。

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カフカ生家

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1883年7月3日にこの家でフランツ・カフカは生まれた、と書いてあると理解した。


 カフカの生家からカレル橋を目指して歩く。少し歩けばカレル橋に着く。たくさんの人がいるのでそれがカレル橋とすぐにわかる。

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カレル橋

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カレル橋。対岸にはプラハ城が見える。

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カレル橋、と書いてあると理解した。

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カレル橋より


 橋を渡り切り、街中を歩いて行きプラハ城を目指す。地図を見るとCastle Stairsとある道を見つけたので、その階段から城のある丘の上に向かうことに。

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城階段

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500年前からありそうな雰囲気のStarbucks

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丘の上は城、というより街がある感じ。

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入場/城


 Iのマークが出ているところでチケットを買う。すべてのスポットに入れる券Aか、聖ヴィート大聖堂、旧王宮、聖維イジー教会、黄金の小道の主要スポット4つに入れる券Bがある。時間に余裕がないのでBで。見どころは入れるのでよい。

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聖ヴィート大聖堂

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聖ヴィート大聖堂。晴れ間が。城にいる間は心地よい日差しがあった。

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旧王宮

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聖イジー教会


 街を歩いている感覚。天気は悪くないが今日は少し気温が低い。東端にある黄金の小道に入る前に入り口前のカフェでカプチーノを飲みながら少し休憩。こっち側から城に入って来る人たちもいる。

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黄金の小道への入り口目の前のカフェで休憩。

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黄金の小道へ

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黄金の小道。手前の青い建物はカフカも使っていたという。


 黄金の小道、期待ほど大したことない印象。出ると目の前にあるのはボヘミア系貴族ロプコヴィツの名を冠する宮殿。17世紀前半に建てられた。ベートーヴェンとかかわりがあるロプコヴィツ候はフランツ・ヨーゼフ・マクシミリアン・フォン・ロプコヴィッツ(1772-1816)。交響曲「英雄」、「運命」、「田園」などを献呈されている。ってその3曲凄すぎでしょ。

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ロプコヴィツ宮殿

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ロプコヴィツ宮殿。ベートーヴェンを前面に押し出した演奏会をやるそうで。

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プラハ城から見下ろす街並み

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プラハ城から見下ろす街並み

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来た時とは別の(東端にある)階段を下りていく。旧城階段


 カレル橋を渡り、プラハ城を見学し、最低限の目的は果たした。来る途中で『ドン・ジョヴァンニ』初演の劇場も観た。帰るまでにもうひとつモーツァルトに関連する建物を見学したい。1787年のプラハ滞在中にモーツァルトが泊まったフランツ・クサーヴァー・ドゥセック(Franz Xaver Dussek)の別荘。モーツァルトはここで『ドン・ジョヴァンニ』の仕上げをしたという。建物の名はベルトラムカ(Bertramka)。前日にiphoneでダウンロードした地図でも"Bertramka"の文字は確認済み。位置はわかっている。行けばわかるはず。もう16時半。館はたしか18時まで開いている。帰りの電車は18時42分発。プラハ中央駅へは館を18時に出れば何とか間に合う。短い時間でも少し見学できればよい。Bertramkaを目指し歩いて行った。
 プラハ城を出てすぐ、ふもとあたりで思いがけずヴァレンシュタイン宮殿(Valdštejnský palác)に通りかかる。30年戦争時のボヘミアの傭兵隊長、シラーの戯曲『ヴァレンシュタイン』でも描かれたあのヴァレンシュタイン。運が良い。

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ヴァレンシュタイン宮殿(Valdštejnský palác)

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30年戦争時のボヘミアの傭兵隊長。神聖ローマ帝国皇帝フェルディナント2世に仕え、後にフリートラント公爵。

ヴァレンシュタイン (岩波文庫)

ヴァレンシュタイン (岩波文庫)



 ここからはやや長い道のりを歩く。路面電車が走る道に沿って南へ。途中で右に曲がる。17時頃には持っている地図でBertramkaと書いてあるところにやってきた。しかし...、何もない。これはおかしい。普通の民家しかない。あたりをぐるぐるまわる。一本隣の道なども歩いてみるが、ない。住所もちゃんと調べておくべきだった。そうしている間にも時間は過ぎていく。諦めるか、と思いながらさまよいつつ目の前の飲み屋っぽい店から出てきた男性、多分店の経営者、に聞いてみる。英語で話しかけると、手を振ってわかんないわかんないとでも言っているようだったが、"Bertramka"とはっきり言うとそこだけ伝わったようで手で方向を示してくれた。お礼を言って再び歩き始めるが問題は解決していない。その方向はさっきからずっといた場所。それでももう一度とりあえずそこに戻ってきた。すると、今日一日中地図を見るため使っていたiphoneの電池が切れた...。なんと、これで終わりか、と思ったが、旧市庁舎のインフォメーションセンターで地図を一枚もらっておいたことを思い出し、その地図を取り出しもう一度確認してみることにした。ダウンロードした地図では左下端ぎりぎりに載っていたので、こっちの地図では最悪載っていないかもしれなかったがしっかりそこまで含まれていた。Bertramkaの文字を見つけた。すると位置が少し違う。さっきさまよっていた通りよりほんの少し南だ。Mozartovaという通りから行くようになっている。これだ。歩き始め道を一本出ると標識を見つけた。

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モーツァルト博物館。見つけた。


 見つけた、よかった。もう17時半で時間はかなり無くなったが、中にとりあえず入ってざっと観て回ることぐらいはできる。紙の地図を見て良かった。このタイミングでiphoneの電池がなくなったのも何か命運と思われた。

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Mozartova、モーツァルト通りと理解した。が今はとりあえずどうでもいい。

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ベルトラムカ、ついに到着

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モーツァルトだ。ん、小さい張り紙がある。

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10:00-17:00...


 一瞬止まる。開いてない。もう閉まってる。もうどうしようもない。終わった。ここに向かって歩いているとき、そしてiphoneの電池が切れて命運が、とか思っているときにはもう閉まっていたのだった。仕方ないので外から写真を撮る。

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中の様子

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脇の道から、壁

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脇の道から、建物


 まあ、準備不足でさっきまでここに来れるかどうかという状況だったのだから建物だけ見て良しとしよう。雰囲気だけ味わった(気になった)ところでプラハ中央駅に戻る。

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帰りは一本南の橋から

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ヴルタヴァに架かるカレル橋とプラハ城

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橋を渡るとプラハ国立歌劇場。マーラー、クレンペラー、ジョージ・セルらが音楽監督を務めた。

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再びプラハ中央駅

 残っているチェコの通貨コルナでパンとコーヒーを買い電車に乗る。ウィーンまでまた4時間かけて帰った。すいているので電車でゆっくり移動は悪くない。


プラハで外国を感じて

 今回は言葉も通貨も文字も違うプラハ(チェコ)で久々に外国を感じてきた。ドイツやオーストリアにいる限りは言葉もわかるし、文化にもそれなりに馴染んでいるので外国にいる感覚はあまりなく、ザルツブルク、リンツなどは文字通り国内旅行、先週行ったドレスデンも国内旅行のようなもの。そのドレスデン、今ではウィーンに慣れてきたので、店員が話すのを聴いて、ドイツのドイツ語だねーって感じたりした。ちなみにGuten Tagに若干の違和感を覚え始めてしまっている。ウィーンではGrüß Gottとあいさつする。来た時はこれに違和感が相当あったが数か月くらいで慣れた。今ではこっちが口から自然に出る。これをドイツでやると恥ずかしい。逆は恥ずかしくはないがよそ者感がある。
 外国感の話で行ったところを振り返ると、オランダだと、言葉が同じ西ゲルマン語群のドイツ語と英語を混ぜた感じの(あるいは正確に言えば中間に位置するような)言語だから、独英両言語の知識を動員すれば文字などは見ればだいたい意味が分かる。けっこうわかるので面白くなってその辺の文章を一生懸命読んでみたりした。それとオランダ自体がヨーロッパの複言語・多言語性を絵に描いたようなところで、向こう側の基本的な態度・姿勢が柔軟だ。観光施設の受付はオランダ語、英語、ドイツ語、フランス語で通用する。ドイツ語を発してみるとぱっと返ってくる。私がヨーロッパが好きな理由のひとつはここにある。アメリカは人種のるつぼと言われつつも言語的には英語(米語)の一点に集約されていくのに対し、ヨーロッパには多/他言語がそのままそこにどんとある。
 外国語=英語となってしまっている多くの日本人が思っているほど世界は英語に収斂されていない。通じる率が一番高いのは確かだが、逆に言うと通じる率が高いだけの話だ。その率自体も地域によって差があり、通じないところは本当に通じない。英語を学習すること自体はもちろん良いことだが、EUでは母語を含め3つの言語を習得することが推奨され言語の多様性が重視されている(母語+2言語)ことを知っておこう。英語でやり取りすること(のみ)を指して「国際的」と思っている日本の安い「国際感覚」というお題目の虚しさ...。その言語はもちろん英語でもいい。でも人/場合によってはフランス語でもいいしスペイン語でもいいし中国語でもいいし、別に日本語でもいい。日本語だから国際的ではないことにはならない。日本語のできる外国人と日本語で交流してもそれは国際的な交流で、それもいわゆる「国際感覚」を陶冶することにつながるだろう。それと、ある言語を習得するということには、通じるとか通じないとか以上のものがある。日本人の偏狭な言語観・「国際感覚」観にはいくつも理由があると思うが、下地になっているのは学校教育で、例えば日本のほとんどの中学校、高等学校において外国語として英語しか教えられていない状況と、この状況に違和感を覚えないというそのことが大多数の日本人の言語(教育)観の表れと言うことができるだろう。
 さて、外国感について他の国。中国は言葉はわからないが漢字は見ればなんとなくわかる。漢字に囲まれ、同じ文化圏にいることが明白でどこか安心感がある。外国感を感じたのは韓国。言葉も違うし、文字(ハングル)も見てもわからない。勉強して韓国語がわかる人にとってはまた違ってくるが、このわからない感じがまた良い。欧米は言ってもアルファベットを勉強して知ってしまっている今、文字は見れば読めてしまう。ハングルは(できない私にとっては)見ても何のことかわからず、そのわからないのが面白い。チェコも言葉も通貨も文字(スラヴ語系はやはり独特)も違う。外国に行って来たって感じだった。

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