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フィルハルモニ記

ドイツ文化・思想の人がオペラ・コンサートなどの感想を中心に書いているブログ

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団/マルティン・フレスト/リッカルド・シャイー ウィーン楽友協会 2015年10月8日

演奏会

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Gewandhausorchester Leipzig
Riccardo Chailly, Dirigent
Martin Fröst, Klarinette

Richard Strauss
死と変容 Tod und Verklärung. Tondichtung für großes Orchester, op. 24
Wolfgang Amadeus Mozart
クラリネット協奏曲 Konzert für Klarinette und Orchester A-Dur, KV 622
-------- Pause ----------
Richard Strauss
メタモルフォーゼン Metamorphosen. Studie für 23 Solostreicher, AV 142
ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら Till Eulenspiegels lustige Streiche nach alter Schelmenweise in Rondeauform für Orchester, op. 28


16,10,8,12,14
10,4,2,6,8

座席 Balkon(2階)右Loge5番3列3番(最後だけ2列7番)

 ゲヴァントハウスオーケストラは初めて。シャイーの指揮も初めて。昨年も聴くチャンスがあったがなぜか行かなかった。今日の演奏会は3回あるウィーン公演のうち最終日。3回とも違うプログラムだが、すべてモーツァルトの協奏曲(ピアノ協奏曲第21番ラドゥ・ルプ、Vn協奏曲第5番クリスティアン・テツラフ、Cl協奏曲マルティン・フレスト)をR. シュトラウスの曲で挟む形。全部行ってられないので1公演だけ。モーツァルトの協奏曲の比較で今日を選んだ。今日はこの曲の演奏が、何度素晴らしいといっても足りないほど素晴らしかった。

 1曲目は『死と変容』。冒頭から明らかに集中力を欠いているようで、管楽器が初めて出てくる個所もタイミングを見計らいつつ恐る恐る出てきてばらばら。それを聴いた他の奏者(特にコントラバス奏者たち)が、おいおい大丈夫かよ、みたいな顔をしていたように見えたのは気のせいではないと思う。この曲は正直、練習したの?って感じでまったくの期待外れ。

 モーツァルトクラリネット協奏曲。信じがたいほどの、圧倒的に素晴らしい演奏だった。独奏はスウェーデン出身のクラリネット奏者マルティン・フレスト(Martin Fröst, 1970-)。ソリスト、指揮者、オケ、皆が素晴らしかった。天才的、奇跡的。ここ最近聴いた中で最高の演奏のひとつだった。曲ももちろん素晴らしいし、好きな曲でもある。しかしこれは「演奏」そのものが本当に物凄かった。始まって数十秒、眼前に繰り広げられるあまりに素晴らしい演奏に体全体を支配する高揚感。あらゆるフレーズに生気がみなぎる。神経の通い方が神がかり的。それはもはや3人、4人の室内楽の世界のそれも最高水準にあるような。よくぞここまで。あまりに素晴らしく、まだ提示部を終えたあたりですでに、ここ最近で最高、と思った。
 フレストの奏でるバセットクラリネットは全体に繊細さがある。速いパッセージでほんの一瞬前につんのめる瞬間があったといえばあったが些細なこと。深い響きの低音域、ほのかに甘さのある中音域、明るい高音域。低音から高音への跳躍で、深く空間全体を囲むように鳴る低音の響きのその中から高音がすっと出てきた時は、音そのものが生きていて音の中から音が生まれてきたかのようだった。音量、テンポ、ホールの音響、さらには座席位置などが絶妙に合わさったこの奇跡的な音響効果の得も言われぬ美しさ。
 今日のゲヴァントハウス・オーケストラ/シャイーのこの演奏は、この前のウィーン・フィル/エッシェンバッハなどを聴いて、あぁさすがウィーン・フィル、弦楽の音が美しい、というのとは別次元で、「演奏」(interpretieren)として圧倒的だった。音も負けず劣らず美しい。一音一音すべての音にわたって指揮者と団員の理解が行き届いているような演奏。それはソリストとも共有され、この演奏がしっかりとした練習のもと共に作り上げられてきたことをうかがわせる。全体にかなり踏み込んだ、ともすれば演奏者を感じさせると言われてしまいそうなほどに大胆さのある濃い演奏なのだが、音楽しか聴こえない。人為的なものを感じさせず、フレーズの処理といった表現はすべて不適切に感じる。演奏者がそのようにしているのではなく、音楽がみずからそのように動いている。両端楽章のテンポはけっこう速いが、颯爽とした中に多彩なニュアンスが込められ、音楽が生きていてみずから動いているかのように感じさせる演奏。モーツァルト演奏の究極形と言える。こんな演奏を聴けるとは。モーツァルトに限らず、これほどの演奏は振り返ってもほんの数えるほど。それを、ホール真ん中やや前方上方、天に向かってに音が立ち昇っていくようなこのホール独特の音響のまさにその一番音が混ざり合って濃い位置で浴びるように聴く。至福。
 アンコールを1曲。フレストが舞台上で英語で少し喋る。アンコールは即興曲とのこと。短いがユーモアあふれる演奏。終わり方もおどけた感じで、聴衆は笑顔で大きな拍手を送る。フレスト、これまで何度か日本で客演していて、今年1月には各地でいくつかリサイタル公演があったようだ。今日のプログラムにはN響にいつだか再客演すると書いてある。

 休憩中に知り合いの若手ピアニストにたまたま遭遇。聞いたところ、1公演目のルプの演奏はお疲れの様子がうかがえたようで。今日を選んで本当に良かった。

 メタモルフォーゼン。ゲヴァントハウス・オーケストラの弦楽の素晴らしさを堪能。ここでも1曲目が嘘のような、各音に強い意志の通った素晴らしい演奏を聴かせてくれた。ドアを挟んで右隣の男性2人は熱心に聴いていたが急に曲の途中でドアを開け帰って行った。ゲヴァントハウス・オーケストラ/シャイーの楽友協会公演でしらーっと途中で帰るとか(笑)と思いつつ演奏を聴き続ける。この曲が終わると今度はひとつ前の列の2人が拍手の間に帰って行った。隣の人と一緒にその空いた席に。まあ、2列目と3列目は大差ないけれど。

 ティル・オイレンシュピーゲル。内向的な先の3曲とは違って派手なこの曲。オケはここぞとばかりに鳴らしてくる。皆気持ちよく実力発揮。

 演奏が終わると嵐のような拍手喝采。ブラーヴォも飛ぶ。今日は本当に素晴らしかった。

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