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フィルハルモニ記

ドイツ文化・思想の人がオペラ・コンサートなどの感想を中心に書いているブログ

ベルリン・フィル/ラトル ベートーヴェン交響曲ツィクルス 第2番&第5番「運命」 ウィーン楽友協会 2015年11月11日

演奏会

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Berliner Philharmoniker
Simon Rattle, Dirigent

Ludwig van Beethoven
Leonoren-Ouvertüre Nr. 1, op. 138
Symphonie Nr. 2 D-Dur, op. 36
-------- Pause ----------
Ludwig van Beethoven
Symphonie Nr. 5 c-Moll, op. 67


Cb5/3/5
座席 Balkonloge rechts 6 3 3

 ベルリン・フィル/ラトルによるベートーヴェン交響曲ツィクルスの今日は2日目、レオノーレ序曲&第2番&第5番「運命」。

 ベルリン・フィルは10月にまずベルリン・フィルハーモニーで2回ツィクルス公演をして、その後フランクフルトで第9番のみ演奏し、先週はパリでツィクルス公演を行った。そして今週はウィーンである。ウィーンの後はニューヨークのカーネギーホールでツィクルスを行う。2016年5月には台北で第1番&第9番と第2番&第9番の2公演を行った後、東京・サントリーホールでツィクルスを行う(2016年5月11日~15日)。言い方を変えると(来シーズン以降は知らないが)、ベルリン・フィル/ラトルのベートーヴェン交響曲ツィクルスを聴けるのは本拠地ベルリン、パリ、ウィーン、ニューヨーク、東京の聴衆だけだ。
 このツィクルス公演を迎える前に、ラトルの指揮に限らずベルリン・フィルでベートーヴェンの交響曲を聴いたことがないと思いこれまで行ったベルリン・フィルの演奏会を鑑賞履歴表で振り返ってみるとやはりベートーヴェンの交響曲はない。ベルリン・フィルとラトルによるベートーヴェン交響曲全曲をここにきて聴くことができるとは何とも良い巡り合わせ。

 1曲目はレオノーレ序曲。今日だけ交響曲以外の曲がプログラムに入っている。曲も曲だし、多分誰も聴きたいと思っていないと思うが。別にやらなくていいよ、っていう気分なのでまあ気楽に聴く。上手いは上手いがこれを敢えてここに持ってくる必要性は微塵も感じず。わざわざ持ってくるほどの何かを聴かせてくれるわけでもなく(1.Vnの4プル表の彼は初見か?ってくらい弓動いてなかったけどなんだったのか。第2番からは普通に弾いてたけど)。

 第2番ももちろん上手くて良いのだが昨日を知っている期待からすれば当然物足りないが、そうでなくとも物足りない。勢いのある演奏ではあるが少しつんのめりがちで急いているように聴こえてしまう。あとそれがどうって言うわけでもないが第4楽章の提示部終わりの方でファゴットが1小節早く出てた。上手いは上手いが記憶に残らない方の演奏。  今日の席からはティンパニが見えないのだが、聴くだけで昨日演奏したゼーガースとは全然違うのですぐわかる。休憩後、一応確認するため、団員が登場してからさっと1列目から覗くと座っているのはやはりヴェルツェル。

 第5番「運命」はさすがの演奏。ラトルが指揮台に立ちオケの方を向きすぐさま始まった冒頭から見事なアンサンブルと響きの威力。ゆったりとしたオーボエソロは時間が止まったかのよう(オーボエトップは昨日と同様ケリー)。一番良かったと思ったのは第2楽章。それまでの鋭さとは打って変わって、充実しつつ広がりがありかつふわっと浮き上がるような柔らかい冒頭の弦の響きに魅了される。第4楽章は楽器が増え、各パート競うように思いっきり演奏しものすごい迫力になるが、楽友協会の音響もあってか少々見通しが悪くなる。この曲は有名だし、(私もこの曲を演奏したことがあるので)自分から響きの中に各パートの音を聴きとりにいけるが、演奏としては(例えばカール・ベームを評するときに使われるような)響きの「造型」の感覚からは遠い。この楽章は特にそう感じさせられ、各楽器がそれぞれに鳴りっぱなしの感をなしとはしなかった。これはこの曲だけでなくベルリン・フィル/ラトルの演奏全般に言えることだが。一気に突き進んでいく勢い、爽快さはこの上ない。爽快さと言うと軽く聴こえるが音、響きの威力が凄まじい。こんな演奏はなかなか聴けないだろう。
 第4楽章の大音響は音が埋もれがちで不明瞭になるほどだったが、そんなことをわからずに演奏している指揮者、奏者たちではないし、調整しようと思えばいくらでもできるし随所でしている。大音響でもうるさくならずぎりぎりまで音圧を高めていく(そうした能力がどれほど高いか、5月にブルックナーの交響曲第7番を聴いた時に圧倒された)。大きい音を出し過ぎたから、楽友協会がよく響くからそうなってしまったのではなく、ベルリン・フィル/ラトルが運命交響曲の第4楽章をそのように演奏した、と。それがホールの音響で余計にそう聴こえたとしても、それもベルリン・フィル/ラトルの表現だ(CDで聴けば各マイクが捉えた音を調整して各パートがよりはっきり聴こえる(聴こえてしまう)のだろうが)。各音が埋もれ、明晰さが失われてしまう程の異常なテンションの歓喜。
 演奏後の聴衆の反応は今日の方が熱狂的だったと思う。それもそうだろう、「運命」をこれだけ高い水準、勢いで演奏し切るのだから。今日は団員が下がった後でラトルだけ一度呼び戻されていた。

 同程度のずれでも曲によって印象は多少違う。昨日の「英雄」よりも「運命」、特にその第1楽章などは造りがあまりに緊密で少しずれただけでかなり印象が悪くなってしまうが、それをこれだけの勢い、アンサンブル、威力で演奏し切るのは見事と言うほかない。そういう意味での出来で言えば今日の「運命」の方が良かったかもしれないが、私は昨日の「英雄」の方が演奏の凄まじさ、感動は上だったと言いたい。昨日の英雄交響曲では映画を観ているかのよう、物語をも感じさせる演奏だったと書いたが、今日の運命交響曲ではそういったことはあまり感じなかった。音楽はものすごい勢いで進んではいくのだが...何かあっけないというか。その点、5月に同じくここ楽友協会で聴いたアーノンクール/コンツェントゥス・ムジクスの「運命」の方がこの運命交響曲を聴くにあたって説得力があった(第1楽章のアンサンブルが(その日は?)乱れてはいたが)。

【参考CD】 クラシック音楽ファンなら誰でも持っている(と思われる)2002年録音(楽友協会)のウィーン・フィル/ラトルのベートーヴェン交響曲全集。

Beethoven Symphonies

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初日、第1番&第3番「英雄」はこちら

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