ベルリン・フィル/ラトル ベートーヴェン交響曲ツィクルス 第9番 ウィーン楽友協会 2015年11月14日
Berliner Philharmoniker
Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
Simon Rattle, Dirigent
Annette Dasch, Sopran
Eva Vogel, Alt
Christian Elsner, Tenor
Dimitry Ivashchenko, Bass
Ludwig van Beethoven
Symphonie Nr. 9 d-Moll, op. 125
14型Cb+1
座席 立ち見
ベルリン・フィル/ラトルによるベートーヴェン交響曲ツィクルスのついに最終日。昨夜のパリでのテロ事件から一夜明けて迎えた今日の演奏会。曲は奇しくも最終日の第9番である。シリア会議をしている隣のインペリアル・ホテル周りの道には昨日まではなかった柵が置かれ通行禁止。皆正面から入らざるを得ず、楽屋口も閉鎖された道沿いにあるので楽団員たちも正面入り口から入ってくる。昨夜の時点で、明日の第9番の演奏会で冒頭スピーチがあるだろうと予想していた通り、演奏会冒頭に楽友協会総裁トーマス・アンギャン(Thomas Angyan)氏とラトルがマイクを持ち話し始め、追悼の意を表明。アンギャンはバーンスタインの言葉を引用し、ラトルは第4楽章の詩句"Alle Menschen werden Brüder"を引用しつつ。スピーチの全文がここに載っているhttp://www.berliner-philharmoniker.de/news/detail/trauer-mit-den-angehoerigen-der-opfer-in-paris。ラトルのスピーチが終わると全員起立し黙祷。会場の緊張感が一気に高まった。
演奏
演奏は演奏でさすがしっかり作ってきたものを冷静に聴かせてくれた。素晴らしい演奏だったが先に良くなかったところ。これはもうはっきりしている、フルートと独唱者たちだ。昨日に引き続きフルートトップのブラウ。昨日も一人良くなかったことについて触れたが、今日はさらにひどい。一人足を引っ張っていてもはや邪魔。第9でフルートの一番がダメって結構きついんですけど...。第3楽章などフルートはもう出てこないでいいよと思いながら聴いていたほど。第4楽章冒頭で第1楽章を回想する部分では音をのばしている間に持ちこたえられなくなり音がかすれひっくり下がってしまい、しかももとの音に戻すことすらもなかなかできず、やっとのことで持ち直すという大失態も。ただもうこの時点ではすでに呆れきっているので、はいはい、くらいに思っていたが。"wer's nie gekonnt, der stehle Weinend sich aus diesem Bund!"(それが出来なかった者は泣きながらこの輪から立ち去るがよい!)の歌詞が頭に浮かぶ。パユの大ファンとかではないけど、パユに吹いてほしかった。DCHを覗く限りベルリンではすべてパユが吹いていたのに。
そしてソリストたちが本当に下手くそ、下手過ぎる。バスが一人立ち歌い始めた瞬間、一瞬で分かる下手さにがっかり。バスだけではなかった、その後合唱が高らかに歌い上げた後ソリスト4人で歌うところは耳を覆いたくなるほど酷かった。ソリストたちが歌っているときは下を向いて我慢していた。本当もうなんなんだよ、馬鹿じゃないのって感じ。
その他はほとんどすべて良かった。今日のティンパニ奏者のゼーガースはここぞという時のみ一気に前に出てきながらも全体としては非常に落ち着き払った素晴らしい叩き振り。正直第9番はヴェルツェルのティンパニでも聴いてみたかったが、これだけの叩き振りに文句は微塵もない。合唱は楽友協会合唱団で、聴くまではあまり良くないだろうと期待していなかったが、思っていたよりはるかに良かった。ひとパート30人ほどの編成で迫力もあった。
↑今日のプログラム冊子より 1979年日本演奏旅行 Archiv des Wiener Singvereins
プログラムに楽友協会合唱団の歴史が割と詳しく載っていて、途中にこの資料が。隣のページにはカラヤンの指揮で250回行った演奏会のうちベルリン・フィルとは111回、演奏旅行ではベルリン(29)、東京(5)、ニューヨーク(4)、ボン(3)、ルツェルン(2)、ヴェネツィア(1)、エピダウロス(1)とのこと。さすが東京。
第1楽章から出来が素晴らしい。弦は昨日までにないほど思いっきりヴィブラートのかかった重厚な音を響かせる。今日の第9番が前日までの爽快に進んでいく小気味よい演奏とは一線を画しどっしり構え重厚な音楽づくりとなることはウィーン・フィル/ラトルのベートーヴェン全集を知っている人にとっては想定の範囲内。だからこの音楽づくり自体は昨夜のテロ事件を受けて気持ちがたかぶった「から」とかそういうのではない、ということは一応言っておきたい(集中力が増していたと感じたとかはそう感じたのなら別に否定しないが)。目に見えて変わったとすればそれは聴衆の方。冒頭のスピーチと黙祷で聴衆の側の集中力が上がってくれたので聴きやすかった。その意味で、より良い「演奏会」になったということははっきり言える。聴く上でのひとつの焦点は全集と同じ路線なのか、13年ほど経って変わったのかというところだったが、第1番から第8番までとは違い第9番だけは重厚にいくという基本路線は同じだった。
第2楽章。木管も良く聴こえ、音楽が迫って来る。ここが最高の見せ所のひとつであるティンパニもさすが。難しそうに叩かず、スケルツォの展開部も派手さの無い自然体、最小限の動きのばち捌き。トリオのオーボエ、ホルンも美しい。
第3楽章。ファゴットとクラリネットに導かれ出てくる弦の響きの美しさ。ハッとするようなピアニッシモ。ヴィオラの厚みがありつつ明瞭な芯のある音も素晴らしい。木管群も(フルート以外は)抜群の上手さ。主題の変わり目の数小節、停滞するほど遅くなっても不自然さがなく音程も安定している。聴いていて惚れ惚れする第3楽章だった。
第4楽章冒頭はぐしゃーとは出てこず、見通しの良さを保つ。あっけないほど理路整然としている。歓喜の主題がまず低弦によって歌われるところは聴こえないほどの弱音。鳥肌が立つほど感動的にじわじわ盛り上がっていく。ウィーン・フィルとの全集で驚かされた"Was die Mode streng geteilt"(慣習によって強く分けられたもの)の"streng"(英:strong)の部分の極端な強調も全集版よりは抑制されていたが聴かれた。"steht vor Gott"(神の前に立つ)の直後、コントラファゴットが出てくるところの最初の2つの音は極端に遅い、止まっているくらい遅く始まる。行進曲から合唱が回帰してくるところまでの経過部でホルンが音を変えていたように聴こえた(弦と一緒に旋律を吹いたか)。終わりの方に出てくる"Schöpfer"(創造主よ)のところも強く歌わせていた。終結部の盛り上がりも凄い、上手い。
圧倒的な上手さで第9番を聴かせてくれたベルリン・フィル。凄い、さすが、充実、感動。
5日間すべて聴き終えて
ベルリン・フィル/ラトルのベートーヴェン交響曲ツィクルスの5公演をすべて聴き終えた。初日を聴いた後に書いた記事で第3番「英雄」がこのまま一番良かったということになっても不思議ではないと書いたが、最終的には(ソリストとフルートの酷さがありつつも)第3番を上回り今日の第9番が一番良かった。続いてその第3番「英雄」、そして2日目の第5番「運命」を挙げたい。その他の曲の演奏もちろんすべて高い水準だった。
2002年にここ楽友協会で録音されたウィーン・フィル/ラトルのベートーヴェン全集との比較をその都度してこなかった。その点に最後に少し触れるとすれば、表現面は基本的にはあまり変わっていない。連日感じていたのは、驚くような変化はほとんどないな、ということで、細かいところが少し変わっていても、大きなコンセプトは変わっていないと思った。極端に言えば今回のツィクルス、ウィーン・フィルとの全集CDをオケをベルリン・フィルにして生で聴いている感じ。斬りつけるような鋭い弦の音や威力抜群の管楽器群などオケ自体の表現の幅、特徴に由来する違いは聴かれる。あと、音楽監督とそのオケという関係もあってこちらの方が、時間も多く取れているだろうし、長年共に演奏してきているのでラトルの意図する音楽はよりできている気はする。
2002年録音(楽友協会)のウィーン・フィル/ラトルのベートーヴェン交響曲全集。
- アーティスト: L.V. Beethoven,Simon Rattle,Wiener Philharmoniker
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初日、第1番&第3番「英雄」
2日目、第2番&第5番「運命」
3日目、第8番&第6番「田園」
4日目、第4番&第7番