フィルハルモニ記

ドイツ文化・思想の人がオペラ・コンサートなどの感想を中心に書いているブログ

ヘンデル『アルミニオ』 アン・デア・ウィーン劇場 2016年4月20日

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Arminio
Dramma per musica in drei Akten (1737)
Musik von Georg Friedrich Händel
Libretto anonym nach Antonio Salvis´ "Arminio"

Konzertante Aufführung in italienischer Sprache

Musikalische Leitung | George Petrou
Arminio | Max Emanuel Cencic
Tusnelda | Sandrine Piau
Ramise | Ruxandra Donose
Sigismondo | Vince Yi
Varo | Vassilis Kavayas
Tullio | Owen Willetts
Segeste | Pavel Kudinov
Orchester | Armonia Atenea

(Hr2)Ob2,6,4,2,Cemb.2,1,3,Fg1

全3幕、休憩2回

座席 立ち見右

 毎回楽しみなアン・デア・ウィーン劇場の演奏会形式シリーズ。このシリーズは1回公演。普段なかなか鑑賞することができないような作品を活きの良い注目の団体、指揮者、歌手などで楽しむことができる。前回はA. スカルラッティの『カイン―最初の殺人』(これはオペラではなくオラトリオ)。

 ヘンデル『アルミニオ』。ヘンデル晩年のオペラ。ヘンデルの書き込みによれば1736年9月15日に作曲を始め1736年10月14日に「完全にすべて埋めた」("vollends alles ausgefüllet")という。1737年1月12日ロンドン・コヴェントガーデン初演。

 舞台は古代ローマ、アウグストゥス帝の時代。紀元9年、ローマ軍とゲルマン諸族軍のトイトブルクの森(Teutoburger Wald)における戦い。登場人物はゲルマン諸族軍を率いたケルスキ族の族長アルミニオ、妻のトゥスネルダ、ローマのゲルマニア総督ヴァーロ、隊長トゥッリオ、トゥスネルダの父セジェステ、その息子でトゥスネルダの妹にあたるシジスモンド、彼の妻でアルミニオの妹のラミーゼの7人。

【アルミニウスについて】
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デトモルトのヘルマン像(1875)、高さ57m © Daniel Schwen

 主役のアルミニウス(Arminius)はドイツ語(ゲルマン語)名ヘルマン(Hermann)が転訛したラテン語形。紀元前17年に生まれたケルスキ族長アルミニウスは分断していたゲルマンの諸族を結集、紀元9年のローマ帝国のゲルマニア総督ヴァルス(ヴァーロ)率いるローマ軍とのトイトブルクの森で戦い勝利、ローマ軍によるゲルマニア支配を阻止した。この結果ローマ帝国とゲルマニアの国境はライン川となった。後世にドイツ民族の英雄的存在とされた。トイトブルクの戦いはヘルマンの戦い、またはヴァルスの戦いとも呼ばれる。

*その後も戦いは起きた。ゲルマニクス(ゲルマン人とよく戦った大ドルススの息子でネロの母アグリッピーナ(ヘンデル『アグリッピーナ』のアグリッピーナ)の父。父の称号(ゲルマニクス)を引き継いだ)率いるローマ軍が14年ゲルマニアへ向かった。15年にはトゥスネルダが捕虜となるもアルミニウス側が勝利。攻防は続いたがローマ軍が撤退した。

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ヘルマンの戦い、1865、Friedirch Gunkel(Wikimedia Commons)

【あらすじ】 第1幕。序曲。(第1場)ローマ軍に敗れ敗走するアルミニオの軍。トゥスネルダは恐れなどないと言うアルミニオにライン川沿いの拠点から逃げるよう請う。(第2場)ヴァーロがトゥッリオを伴って現れると、トゥスネルダに想いを寄せていることを打ち明ける。トゥッリオは将軍に名誉を考えるようにと諫めるがヴァーロは聞く耳を持たない。(第3場)ゲルマンのカッティ族の長でトゥスネルダの父であるセジェステはヴァーロの前に現れアルミニオの剣をもってローマ側に寝返ってしまう。捕らえられたアルミーニオが連れてこられると裏切ったセジェステを非難。トゥスネルダはこの状況を嘆く。(第4場)セジェステとヴァーロはアルミニオに降伏を迫るが、ローマに屈するよりも死を選ぶと言い降伏を受け入れない。(第5場)セジェステはローマとの和平を取り付けるためにもアルミニオを殺害することを決心する。(第6場)セジェステの息子でトゥスネルダの弟のシジスモンドは、夢に出てくる亡霊は必ずしも取るに足らないとは限らない、それは不幸に追われた者の運命を暗示しているようにさえ見えるのだと歌う。シジスムンドの妻でアルミニオの妹のラミーゼがトゥスネルダと共に現れると、トゥスネルダはアルミニオが捕らえられたことを伝え、ラミーゼはセジェステが裏切ったことで夫のシジスムンドを非難する。シジスムンドは、父の行為に対し自分になんの非があるのかと問い返すがラミーゼは出て行ってしまう。(第7場)嘆く弟シジスモンドに同情するトゥスネルダだが、自分の心の苦しみの方が過酷だと言いその苦しみを歌う。(第8場)セジェステは、アウグストゥス帝は彼の行為に報いるつもりでいるとシジスモンドに言い、ラミーゼと別れるよう求める。シジスモンドは、従いたいが従えない、と言って拒み、自分を刺し殺せをと言う。

第2幕。(第1場)セジェステはトゥッリオに、アルミニオを殺すことでゲルマンとローマの和平が成ると言うが、娘トゥスネルダを心配する気持ちから踏み切れないでいる。トゥッリオは、トゥスネルダはヴァーロと結婚すれば良い、彼はトゥスネルダに想いを寄せていると告げる。(第2場)ヴァーロがアウグストゥス帝からの手紙を持って来る。アルミニオの処刑を求める皇帝の手紙を読みセジェステは従うことをそれを実行することを決意する。(第3場)椅子に鎖で繋がれているアルミニオ。(第4場)セジェステが現れ、ローマに降伏すれば、命は助かると言うがアルミニオは断わる。(第5場)セジェステは泣いているトゥスネルダに、アルミニオを救いたければローマ皇帝に服従するようアルミニオに説得するのだ、そうしなければ死ぬことになると言う。トゥスネルダは受け入れず、夫の解放か死を選ぶと言う。(第6場)ラミーゼはセジェステを裏切り者となじり短剣を突き刺そうとするが、(第7場)シジスモンドに止められる。セジェステがその場から去るとシジスモンドはラミーゼをなだめ、父の代りに自分が死ぬとラミーゼに言うが、彼女も立ち去ってしまう。(第8場)シジスモンドはラミーゼと父との板ばさみに苦しむ心情を歌う。(第9場)牢獄のアルミニオは死を覚悟している。アルミニオはヴァーロを自分の財産の相続人とし、トゥスネルダはお前のものだと言う。驚くトゥスネルダとヴァーロ。(第10場)トゥスネルダはヴァーロに、もし私の気に入り、敬意を求めたいのなら、夫を救わなければならないと言う。

第3幕。シンフォニア。(第1場)処刑台が準備されている。ヴァーロは処刑を中止しようとするがセジェステに止められ言い争う。そこへトゥッリオが現われ、ゲルマンの軍勢が攻めてきたことを知らせる。アルミニオは独房に戻される。(第2場)ヴァーロはセジェステに残るように言い、トゥッリオと共に出ていく。(第3場)夫が死んだと思っているトゥスネルダは毒とアルミニオの剣のどちらかを選び死のうとしている。ラミーゼがそれを止め、アルミニオは生きていることを告げる。二人はアルミニオを救うため、毒と剣をもって出ていく。(第4場)シジスモンドを見つけ、アルミニオを開放しなければ自害すると彼に迫る。彼は父はアウグストゥスに従うしかない言って毒と剣を取り除け、苦しみを歌った後立ち去る。(第5場)そこに突如アルミニオが現れ、妻と妹と再会し喜び合う。シジスモンドが彼を解放したのだった。(第6場)シジスモンドが現れここを早く立ち去るように言う。(第7場)ラミーゼとシジスモンド。(第8場)シジスモンドは、セジェステにアルミニオを解放したことを告げる。セジェステはシジスモンドとラミーゼを捕らえさせる。(最終場)その頃ローマ軍は敗走していた。トゥッリオはセジェステに、ヴァーロは倒れ、アルミニオが城砦を占拠し勝利したことを告げ逃げるように促す。セジェステはそれを拒む。死を覚悟しているセジェステをアルミニオが許すと、その寛大さにセジェステは忠誠を誓う。喜びを分かち合うアルミニオとトゥスネルダ。寛大さと勇気を称える合唱で幕。
(プログラム冊子掲載の台本(ドイツ語)からまとめた。プログラム冊子掲載の台本はベーレンライター版、Michael Pacholke訳とのこと)


 複雑な状況に置かれた登場人物たちの苦悩、葛藤が主題となっている。


【演奏】
 冒頭のシンフォニア。ゲオルグ・ペトルー率いるギリシャの古楽オーケストラ、アルモニア・アテネア。良い演奏だったと思うがて弦の音がちょっと弱い気がした。やや迫力不足(前回のコンチェルト・イタリアーノが良過ぎたか)。今日特筆したいのは充実の歌手陣。登場人物7人のなかでも素晴らしかったのは以下の4人。

 まず、注目されていたアルミニオ役のカウンターテノール、マックス・エマヌエル・ツェンチッチはカウンターテノールのなかでも太めの芯を感じさせる声に、的確な技術で表現力が見事。

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Max Emanuel Cencic © Julian Laidig


 トゥスネルダ役のサンドリーネ・ピオー。上手い。上手いというほかない。声、音程感覚の良さ、感情表現。上手い。最後のアリアなど迫真の歌唱に聴衆も拍手喝采。

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Sandrine Piau © Sandrine Expilly/ Naïve


 トゥッリオ役のカウンターテノール、オーウェン・ウィレッツも出てきた瞬間からおっと思わすきれいな声を聴かせてくれた。

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Owen Willetts © Felix Grünschloß


 以上の3人も素晴らしかったが、今日の最大の衝撃はシジスモンド役のヴィンス・イ。韓国生まれアメリカ育ちのカウンタテノール。ピンと張った澄んだ声で声量もあり声を転がす柔軟さもある。登場して最初のレチタティーヴォの時点で、「ん、声が良いな」と思ったが、最初のアリアを聴いて度肝を抜かれた。この公演の注目、あるいは聴衆の期待は主にタイトルロールのツェンチッチやピオーに向けられていたと思うが、皆その素晴らしい歌唱に引き込まれていたと思う。後半に再び素晴らしいアリアを聴かせると拍手にブラヴォーも。終演後もツェンチッチやピオーに送られたのと遜色ないかむしろそれ以上とも言える程の熱狂的な拍手喝采が彼に送られた。

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Vince Yi © Edda Pacifico


 メゾソプラノのラミーゼ役ルクサンドラ・ドノーセとバスバリトンのセジェステ役パヴェル・クディノフも悪くはなかった。ヴァーロ役のテノール、ヴァシリス・カヴァヤスだけは、声は出ているものの、声にかなり癖がありすっきりしなかった。

 それにしてもこの作品、最後の合唱は短調で書かれていて、奇妙な終わり方をする。

 各アリアに魅力はあるものの、レチタティーヴォの部分の物語展開は淡泊なのでこういった演奏会形式がむしろちょうどいいかもしれない(台本を読んでいるとオラトリオみたいだと思わなくもない)。また、当時の持てる力を注ぎこんでなんでもかんでも詰め込んだ印象のあるイタリア期の『アグリッピーナ』(1709)や先月聴いた『オルランド』(1719年完成、1733初演)などに比べると、この『アルミニオ』は晩年のヘンデルがすっと作曲したような印象を聴いていて受ける。実際1か月ほどで書き上げたというが、こねくり回した感じのない良くも悪くも落ち着いた筆致。

 先月聴いたアレッサンドロ・スカルラッティのオラトリオ『カイン―最初の殺人』を聴いた後のヘンデル。ときどき似ていてはっとする。同時代の作曲家に通じるものを所々に感じた。プログラム冊子には、サルヴィスの台本は他の作曲家にもよく作曲されていたことが書かれていた。1703年にはこの台本でスカルラッティもオペラ『アルミニオ』を作曲していて(1714、1716、1722、1725年に編曲)、ヘンデルはスカルラッティ版『アルミニオ』のアリアを知っていたという。

 ヘンデルをこうやって高い水準で楽しめるのがヨーロッパにいて嬉しいことのひとつ。今日も配役7人中カウンターテノール3人と、これだけでもすごいが3人とも実力ある歌手。これまでにもここアン・デア・ウィーン劇場で良いカウンターテノールを聴いてきた。すごいなぁ。当たり前のようにぽんぽん良いカウンターテノールが出てくる。

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休憩中。舞台は一昨日プレミエを迎えたR. シュトラウス『カプリチオ』のまま

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参考:今日の公演と同じアルモニア・アテネア/ペトルー指揮のCD。歌手は本公演出演のツェンチッチ、ヴィンス・イ、ドノーセほか。

ヘンデル:『アルミニオ』全曲(2CD) ペトルー&アルモニア・アテネア(2014年録音)

Handel: Arminio

Handel: Arminio

HMVの紹介文:

ヘンデル円熟期のオペラ『アルミニオ』の全曲録音は、これまでアラン・カーティスのものしかなかったので、今回の録音のペトルー盤の登場は歓迎されるところです。[...]  今回の録音の特徴は、有名カウンターテナー3人が起用されていることで、カーティス盤ではメゾ・ソプラノだった主役アルミニオ役は、ペトルー盤ではカウンターテナーが受け持ち、シギスモンド役はカーティス盤がソプラノだったのに対し、ペトルー盤はカウンターテナーとなっています。  伴奏の古楽アンサンブル「アルモニア・アテネア」は、ヨーロッパで注目度が高まっているギリシャのオーケストラで、ギリシャ出身の指揮者、ゲオルゲ・ペトルー(ジョージとも)の指揮のもと、コンサートやオペラでの活動に加えて、意欲的なレコーディングでも知名度を高めてきています。(HMV)


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